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第286話

指定された喫茶店に辿り着くまで、十分時間があったが、希の顔を見ると余計なことを喋りそうで、平静を装いつつも逃げるように家を出てきてしまった。 何か勘付いていなかっただろうか? ぶらぶらと時間をかけて到着したのは、スタイリッシュな美容室みたいな、一見喫茶店には見えない建物。 扉の側のメニューの看板が、唯一それを主張している。 一人で入るには何となく気後れしながらも、扉を開けた。 「いらっしゃいませ!何名様ですか?」 「あ、いえ。待ち合わせで…」 「…斗真君?」 「あ…ご無沙汰してます…」 店の奥から声を掛けてきたのは、間違いない。 希のお母さん… あれから十年経ったんだ。 それなりに年齢を重ねたその人は、美しい年の取り方をして、きっと今幸せなんだろうな…と想像される雰囲気を醸し出していた。 俺は、その人のテーブルに近付くと深々と頭を下げた。 「お呼び立てして申し訳ありませんでした。 それに…勝手に籍を入れる形になって、申し訳ありません。」 「斗真君…いいのよ。さ、頭を上げて座ってちょうだい。」 促されて対面に座る。 ウェイターが注文を取りに来た。 コーヒーを頼んで、改めて彼女を見た。 シックな上質のスーツに身を包み、裕福な生活振りが想像された。 アメリカでの苦労は、新しい家族に癒されたのか。 程なくしてコーヒーが運ばれ、俺は口火を切った。 「俺たちの結婚、許していただけますか?」 何とも、どストレートな物言いに 「許すも何も…きっとそうなると思っていたし。 それにもう私は、あちらの家庭に口を挟む立場ではないから。 とにかく …おめでとう。希が幸せなら…それでいいのよ。」

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