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第288話
彼女は続ける。
「一度だけ、様子を見に行ったことがあるの。
そのためだけに海を渡った。
確かあの子が大学生の時だったかしら。
背も高くなって、立派になって、周りに友達が大勢いて。
笑顔のあの子を見た時に『ごめんなさい』っていう思いと『私がいなくても大丈夫』という安堵感とが入り混じって…声も掛けることなく、というよりどんな顔して会えばいいのか逡巡して…とうとう会わずに帰国したのよ。
あの子の笑顔で自分が許された気になってしまった。
勝手な母親でしょ?
それでも、忘れたことはなかった。
再婚して子供ができた時も、その子達に何かしてやる度に、希達のことを思い出して、その分も愛情を注いできた。
…本当に…忘れることなんてなかったのよ。
自分のお腹を痛めて産んだ我が子ですもの。
私は…自分がかわいくて、自分のことしか考えられなくて…結果、あの子達を捨ててしまった…
今でもずっと、後悔してるわ。
なぜあの時手放したのか。
どうして一緒に帰国しなかったのか。
裁判を起こして何年掛かっても、なぜ親権を取らなかったのか。
…今更何を言っても言い訳になるわね…」
「希のことは…ずっと…愛していたんですよね?」
「当たり前じゃない!私の子供よ!
今でも…愛してるわ…愛おしくて堪らない…
でも、私にはもう、その資格はないの。
斗真君…私の代わりに、希を愛してやって下さい。
どうぞよろしくお願い致します。」
そう言って、深々と頭を下げた。
俺が
「どうぞ頭をあげて下さい。」
と言うと、ゆっくりと顔を上げ、涙で濡れた頬を拭おうともせず、俺の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
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