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第290話

「希…」 顔を上げると、潤んで赤くなった目と打つかった。 「聞いてたのか…いつからいたの?」 「お前が店に入ってずっと。 さっき様子がおかしかったから、後をつけてた。 お前、誤魔化したり嘘をつく時、小鼻がヒクつくんだ。 絶対何かあると思って泳がしといた。」 「あー…希の方が一枚上手だったのか…勝手なことして…ごめん。」 「斗真…俺のことを考えて、あの人と…連絡取ってくれたんだろ?」 「…うん。希のトラウマを消すにはそれしかないと思って。 後で聞かせようと思って、こっそり録音してたんだ。」 「…そうなのか…ここに来た時は“誰かと浮気か”ってキレそうになったんだけど… 何年会ってないんだろう… 随分老けたなぁ…って思ったけど、やっぱりあの人だった。 それに… 忘れてたのではなくて…何度も俺達にコンタクトしてくれてたんだな。 きっと親父は許せなくて全てをシャットアウトしたんだ。掛かってくる電話も切って、手紙も俺達の目に触れないまま返却して… 会いに来てくれたのも…知らなかった。」 「…うん。忘れたことなかったって。 親権を取り戻そうとして弁護士も立てたけれどダメだったって。 多分経済的なことや、子供を置いて黙って帰国したことなんかがマイナス要因だったんだろうな。」 「…うん。」 「今でも後悔してるって。」 「…うん。」 「忘れたことはない、愛おしくて堪らない、ずっと愛してる って。」 「…うん。 あの人も…辛かったんだな…」 「…あぁ、そうだな。 希…お前、ずっと愛されてたんだよ。」 テーブルに置かれた手をそっと握ると、希は肩を震わせて声もなく泣き始めた。 抱きしめてやりたい、今すぐに。 「希、家に帰るぞ。」 手を繋いだままレジに向かうと“お代はいただいています”と言われ、お礼を言って店を出た。

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