291 / 1000

第291話

タクシーに乗り込んで、住所を告げながら、泣きじゃくる希の頭を抱きしめた。 運転手がチラチラとバックミラー越しで見ていたが、そんなことはどうでもよかった。 車を降りてからも泣き続ける希の手を“大丈夫だ”と無言でぎゅうっと握りしめる。 エレベーターの上昇の時間ももどかしく、焦りながら鍵を開け、子供のように、しゃくり上げて泣く希の手を引いてソファーに雪崩込むと、思い切り抱きしめた。 どれだけ泣いてもいい。 俺の前でだけ泣けばいい。 お前は捨てられたんじゃない。 愛されていたんだ。 そして、今もこれからもずっと。 俺が、命の限りお前を愛し続ける。 だから、安心して俺に委ねろ。 俺を愛してくれ。 そんなような意味のことを希の耳元でささやき続けて…希が泣き止んだことに気が付けば、外は見事な茜色に染まっていた。 「…斗真…ありがとう。もう、大丈夫だ…」 真っ赤に泣き腫らした目をして微笑んだ希に、そっと唇を合わせ 「タオル持ってくるから待ってろ」 と言い残し、保冷剤を(くる)んだタオルを用意してくると手渡した。 希はそれを目元に当て、「ありがと」と小さな声で言った。 そして、ぽんぽんと頭を撫でてキッチンへ行こうとする俺の腕を掴み 「…もう少し…側にいてくれないか?」 と強請ってきた。 「喜んで」 と返した俺に、目元を隠したままで抱きついてきた希は 「斗真…本当に…ありがとう…」 と、俺の胸にくるまるように擦り付いてきた。 希を抱きとめて髪の毛にキスをすると、顔を上げ甘えてくる。 ぽとりと二人の胸の間に落ちたタオルを放り投げ、それが合図のように噛み付くようなキスをした。

ともだちにシェアしよう!