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第414話

曲が変わった。俺も知ってる 「Fly me to the moon」 “月まで”とは言わなくても、望めば本当に何処かへ連れて行ってくれるのかな。 お願い信じて つまり愛しているの 最後の方は確かこんな感じの和訳だったよな。 甘く強請るような音色…演奏者の彼も、そう願う恋人がいるのだろうか。 ハンドルを持つ希の指が踊っている。 そう言えば、この前のドライブの時もそうだったな。 意外な趣味を持つ夫。 まだまだ俺の知らない希に出会えるかもしれない。 楽しそうな横顔を見ながら 「愛してる」 と唇だけを動かした。 急に、希がウィンカーを左に出し、路肩に寄せて車を停めた。 「希、どうした?運転疲れたなら代わるよ。」 不審に思い問い掛けた。 希は俺をじっと見つめると 「思いを遂げて恋が愛に変わっても、俺はずっとお前に恋してるよ、斗真。 切なくて激しい恋を。」 「…っ……」 “In other words, darlin' kiss me”のフレーズが甘く優しく流れている。 かちゃ と音がして、シートベルトを外し運転席から身を乗り出してきた希の整った顔が近付いてきた。 ふっと目の前に影が差し、思わず目を閉じると、唇に柔らかなものが触れる。 その瞬間、全ての音が消え、希と二人だけの世界に(いざな)われた。 Fly me to the moon うん。 確かに、連れて行ってもらったよ。 俺達二人だけの世界に。 唇の感触がなくなり、物足りなさにそっと目を開けると、希が優しい眼差しで微笑んでいた。 俺もはにかみながら微笑み返し、もう一度愛おしい夫にキスをした。

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