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第439話

忘れていたのに。 あの時の痛みが、あの場面が…フラッシュバックする。 入院騒ぎになる程に殴られ、手篭めにされそうになった、あの時のことが… 二度と思い出したくなかったのに。 心に傷を負ったらトラウマになるって本当だ。 やはり、かなりのダメージが残っている。 あの時の恐怖を思い出して、身体が震えて崩れ落ちそうになるのをシンクに寄り掛かって、何とか耐えている。 …っ…こんなことくらいで負けるもんか。 気を取り直してコーヒーをセットする。 手が微かに震えている。 冷たくなった指先を一本ずつ擦って温めていく。 こんな時に、希が側にいないなんて。 泣き言を言いそうになるが、我慢する。 俺はもう大丈夫。 大丈夫だ。 大丈夫だ。 何度も何度も繰り返して深呼吸する。 出来上がったコーヒーをひと口啜る。 まろやかな苦味が口の中に広がり、香りは鼻腔を抜けて、胃の中に温もりが落ちていった。 もうひと口。 そっと包み込んだカップから、じんわりと温もりが伝わり、少しずつ落ち着いていった。 ヨロヨロと歩いて、ダイニングの椅子に座る。 うっ…痛たたっ… 身体が弱っていると、メンタルまでやられていく。 心許ない自分の立ち位置が、足元から崩れ落ちていく感覚に囚われていく。 一度受けた恐怖心は、そう簡単にはなくならないのだと悟った。 もう、終わったことだ。 これからも…何もない。 だから、大丈夫。 呪文のように『大丈夫』と繰り返して、コーヒーを口に含む。 ほおっと息を吐き出すと、強張った肩の力が抜けていく。 カップが空になる頃には、もう、落ち着いていた。

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