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第440話

腰を押さえながらゆっくりと立ち上がって、ベランダへ出た。 少し肌寒くなってきた空気に、秋の訪れを知らせる香りが混じっていた。 今年はやけに早くないか?猛暑のせいもあるのだろうか。 この近所に金木犀ってあったっけ? ぐるりと視線を走らせるが、それらしい樹はない。 儚げに、それでも存在感をたっぷりと示しながら漂ってくる香りを吸い込んで、ちょっぴりセンチな気分になるのは『秋』という季節のせいか。 いや… さっきのメールのせいだ。 矢田もきっと、拒絶されるのをわかって送ってきたはず。 アイツなりのケジメの付け方か。 お前も幸せになれよ。 機上の人となったであろう、彼に祈りを込めて… 大きくため息をついて、部屋へと戻った。 特に何をするわけでもなく(実際シャキシャキッと動けない)だらだらと午前中を過ごし、何もしなくてもお腹は空くもんだ、と希の作ってくれた弁当を食べた。 うん、美味い。 やっぱり希はイケてるスパダリだ! それは認めよう。 まただらだらとテレビを見てぼんやりしていた。 そうだ!せめて晩ご飯の支度ぐらいはしておこう。 今日はぐったりと疲れて帰ってくるはず。 何せ二人分の営業をやらなくちゃならないんだから。 買い物には行けないし、冷蔵庫にある物で… 何にしようかな… とその時、玄関のドアがガチャリと開く音がした。 え? (いぶか)る暇もなく、飛び込んできたのは… 「とぉーまぁー!ただいまぁー!!」 「希!?何で?仕事は?」 スーパーの袋をどっかとテーブルに置くと、そっと俺の腰を摩りながら 「どう?まだ痛いだろ?」 「うん。でも動かないと治らないから… ところで、お前何で帰ってきてんの?」 「何だよ、その言い方。 愛する斗真が動けなくて泣いてると思って、様子を見にせっかく帰ってきたのに…」

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