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第559話

部屋の中、香水の匂いが残っている。 これ…亜美さんのだ。 俺が寝落ちしている間に、希が布団を干して、シーツも布団カバーも枕カバーも全て洗濯してくれたのに。 甘いその匂いは、オンナを主張して、俺はますます涙が止まらなくなった。 亜美さんが悪い訳ではないのに。 ドアの外では希が騒いでいる。 斗真ぁ!斗真! 開けてぇ! 斗真、ごめん! 謝るから開けて! 甘い匂いを嗅いでいるうちに、胃液がせり上がってきた。 ヤバい! 吐くっ! 慌てて飛び起きてドアを開け、何か言いかけた希を無視してトイレに駆け込んだ。 便器を抱え込んで えづく俺に、希が心配そうに声を掛けてきた。 「斗真、どうした?大丈夫か?」 それには答えず、治まらないムカムカと戦っていた。 胃の中の物を全て吐き出して、しばらくすると、さっきのムカつきが嘘のように治まり、ザッと拭き掃除をしてからトイレを出た。 うがいをしてから鏡を見ると、青い顔をした俺が映っていた。 酷い顔。 胃液で苦味の残る口内を歯磨きで消してしまう。 喉…くいっと顎を上げて確認したが、希が言っていたようにほとんどわからない。 薄っすらと赤みが差す程度だった。 やっと人心地ついてドアを開けると、心配そうな顔をした希が立っていた。 「斗真、大丈夫か?病院行くか?」 首を横に振り、冷蔵庫から水を取り出してコップに半分ほど入れると、少しずつ口に含む。 空っぽになった胃に染みていく。 あの部屋では寝られない。 いつも二人で眠る希の寝室にも行けない。 しばらくホテル暮らしでもいいか。 荷物も纏めなきゃ。 スーツとか持ち出すの面倒だな。 スーツケースのデカいやつ、何処に片付けたっけ。 近くて安い所探さなきゃ。

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