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第576話

「希…」 「!!!斗真?どうした?何だ?」 「…希…」 「…うん…」 「…ばか…」 「うん、ばかだよな…ごめん。」 それから…胸が詰まって何も言えなくなった。 斗真、斗真と呼び掛けてくる希の声が、心の中の氷の塊を溶かしていく。 頬を熱いものが伝って落ちる。 すすり泣きが嗚咽に変わり、受話器越しに希に聞こえてしまっていた。 「斗真、今 何処にいるんだ?」 「……駅前の………ホテル ポレスター…」 「ポレスター(北極星)…“目印の星”か…何号室?」 「…705」 「今行く。待ってろ。絶対にそこから動かないで。 電話も切っちゃダメ。いいね!?」 クラクション、街の雑踏、パタパタと走る音、車のアイドリング音…急に耳元に様々な音が飛び込んできた。 街中(まちなか)の音!?外?希がこっちに向かってる!? 通話を切ることができずそのままで、希の動きが音で分かる。 “マイク”をタップして漏れ聞こえる音に耳を澄ました。 雪崩れ込んでくる音と迫る距離。 焦る心と裏腹に、狂おしい程に希をほしがる思いに支配されていく。 どうしよう。希が来てしまう。 ノックされたらドアを開ければいいのか。 それとも追い返せばいいのか。 とにかく着替えないと! 慌てて身支度を整え、食い散らかしたテーブルのゴミを纏めてゴミ箱に突っ込み、部屋を片付けた。 『いらっしゃいませ。ご予約ですか?』 『いえ。ダブルの部屋空いてますか?』 『禁煙室ならご用意できますよ。』 『それでいいです。一泊で。』 『かりこまりました。ではこちらにご記入下さい。』 は?ダブル?一泊で? まさか、ここに泊まるつもり? 『ありがとうございます。 801号室、こちらが鍵になります。 エレベーターは右手にございます。 詳しくはお部屋の説明書をご覧下さい。 ごゆっくりどうぞ。』 『ありがとう。』

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