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第577話
エレベーターが上昇する音がする。
絨毯敷きの廊下には靴音は響かない。
どうしよう…ここに、ここに向かってる…
ピンポーン
ドアまで行くのを躊躇っていた。
どうしよう…出ていくまで連打されるかも…
ピンポーン ピンポーン
このまま無視していいのか?
希はここまで来てくれてるのに。
昂ぶる思いはその後考える隙を与えず、咄嗟に身体が動いて鍵を開けた。
目の前に…今にも泣き出しそうな顔の希が立っていた。
『会いたかった』の代わりに出てきた言葉は
「今夜はここにいるから、希は帰って。」
希は、ドアを閉めようとした俺の腕を掴み、身体を中に滑り込ませてきた。
そしてドアを閉めると、涙を溜めた俺の顔を見つめ、思い切り抱きしめてきた。
「…無事で…良かった…」
そっと手を回した希の背中は、汗でじっとりと湿っていた。
まさか走り回って俺をずっと探してたのか?
アテもなく?
「俺を…探していたのか?」
「そうだ。表示のあったこの辺のホテルをしらみ潰しに当たってた。
…どこのホテルでも変な顔されたけどな。
構ってられなかった。」
「表示?」
「…GPS。」
あぁ。思い出した。携帯のGPS機能。
俺の詰めが甘かった…
「斗真…ごめん…」
謝る希が小さく見えた。
「でも…黙って出て行かないで。俺が出ていくから。
もう、心配させないで…心臓が止まるかと思った…」
これには俺が謝るしかなかった。
「…心配掛けてごめん。」
「とにかく…無事で良かった。
斗真…ごめんな…」
あぁ、もう限界だ。
俺は自分から希を抱きしめた。
「…斗真?」
何も答えず、ひたすらに希を抱きしめた。
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