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第606話

すれ違う生徒達を掻い潜り、説明を受けながら広い校内を歩いていく。 あちこちから先生を呼ぶ声がして、その度に先生は手を上げて応えていた。 先生…ベン先生は見た目そのものの“陽気なおじいちゃん”で、髭を付けて赤い衣装を着せたら、“まんまサンタクロース”だと思ったらおかしくなった。 「斗真?」 吹き出しそうな俺に、希が声を掛けてきた。 その耳元へ 「なぁ、ベン先生ってサンタに似てるよな。」 すると希はうれしそうに耳打ちする。 「そうだろ?12月に入った途端に、赤い衣装で校内を闊歩するんだぜ。 …どうやら今年もやったみたいだな。」 二人でクスクス笑っていると 「おーい!こっち、こっち!」 と手招きされた。 ある部屋の前で、三人が立っていた。 続いて入っていくと、希が 「あぁ…ここ。 斗真、俺のお気に入りのサボり場所だよ。」 日当たりの良い窓側の、一番後ろの席。 「ここでよく一人でいたんだ。 …お前のことを思い出しながら。」 言葉に詰まった。 そこは、緑の生い茂った大木がある中庭が見渡せ、居心地が良さそうな場所だった。 「…座ってもいい?」 微笑む希が椅子を引いてくれ、そこに座った。 たった一人で。ここにいたのか。 微かな音に視線を外にやると、飛行機が一直線に飛んでいるのが見えた。 「飛行機…見えるだろ? あれを見ながら『いつか必ずお前に会いに、日本に帰るんだ』って思ってたんだ。」 今より少し幼い、空を見上げる希の姿が見えた。 胸が…苦しい。痛い。 「斗真?」 じわりと熱を持つ目元を覗き込まれた。 「斗真…」 俺は無言で希に抱きつくと、肩を震わせ泣いた。 側に先生とユータとマイクがいたけれど。 カチャ…という、小さく遠慮がちなドアの開閉音がして、俺は大きく息を吐いて希から離れた。 三人が気を利かせて出て行ったのだった。

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