628 / 1000

第628話

後ろ髪を引かれる思いとはこういうことなのか、と変なところで納得しながら立ち上がった俺は、振り向いて斗真を見遣ると、見上げた斗真の心許ない視線と打つかった。 「斗真…」 『大丈夫』という思いを込めて頷くと、斗真も微かに頷いた。 潤んだ瞳が揺れている。 こんな状況で、さっき会ったばかりの女性と二人っきりにしてもいいのだろうか。 斗真は傷付いている。 心も、身体も。 …矢田の時以上に。 俺が、俺が側にいてやらなければ。 でも、俺の側にいたいけれど、それも辛いと言っていた…が、拒絶…はされていない。 俺は、斗真を丸ごと包んでやりたい。 どうしたら、どうしたら斗真を癒してやることができるんだろう。 躊躇いながら一歩も動けずにいる俺に、ミシェルが 「ノゾミ…一歩…踏み出しましょうか。」 と、力強く語り掛けてきた。 俺はもう一度斗真を見た。 見る間に溜まっていく涙。 再び座り、斗真の両頬を包み込み目線を合わせると、優しくキスをした。 斗真は…抗うことなくそれを受け入れた。 生温かい水滴が、じわりと頬に擦れる。 思いの丈を込めて『愛してる』をキスに替えて送り続けた。 『大丈夫』 …何故か確信した。 斗真は壊れてはいない。必ず俺が守る。 これまでも、これからも。 目と目を合わせ 「斗真…俺はお前を守るためにもっと強くなる。 どんなことがあっても。 俺を…信じて…」 斗真は、しっかりと頷いた。 その目の奥には、芯を持った光が戻っていた。 もう一度キスをすると 「行ってくる。」 そう言って、ダニエルの後を追った。

ともだちにシェアしよう!