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第692話

ご機嫌の直った斗真は(やっぱ食べ物で釣られるのか…単純だな)、そろそろと俺の席にやってきて、向かい合わせに座った。 「いろいろ気を遣わせてごめん。 分かってるんだ。 …でも、もう少しだけ、ワガママ言わせてくれ。」 「…お前さぁ、何でそんなかわいいこと言うの。 お前のワガママなんて、ワガママのうちに入らないよ。 俺としてはもっと俺に甘えて振り回すくらいにしてくれてもいいのに、って思ってるんだけど。 それに、お前に対して変な気を遣ってない。」 「希…」 「斗真は今の斗真のままでいいから。 俺も、今の自分を変えるつもりはないから。 …溺愛…覚悟しとけよ。」 ぽかっ と口を開けた斗真は、次の瞬間笑い始めた。 「…くっくっくっ…何だよぉ…『溺愛』って… これ以上溺愛されたら大変じゃん!」 お腹を抱えて大笑いする斗真を見ていると俺もおかしくなって、二人で転げんばかりの勢いで笑っていた。 ひぃひぃと涙をながしながら、やっと落ち着くと 「…希…サンキュー。俺、お前の側にいることができて幸せだ…」 「当たり前じゃん。逃げるなよ。」 「ふふっ。逃すなよ。」 「鼻っからそんなつもりはないから。 出会った時からだから…年季の入りようが違うんだからな。」 「あー、怖い怖い。 ストーカー希君に捕まっちゃった…」 「だから、もう『逃げられない』って言ってんだろ。」 「ふふっ…そうだな。」 斗真は、ふにゃ と微笑むと、薬指の指輪をそっとなぞった。 その仕草が、斗真の思いを全て語っているようで、俺は胸が潰れそうなくらいに愛おしくなり、両手でその手を包み込んだ。 「俺は幾つになっても、何年経ってもお前のストーカーだからな。」 満面の笑みの俺に、斗真は若干引いていた。 それに構わず、恭しく持ち上げた左手の薬指にキスをした。

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