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第736話
side:希
賑わいを取り戻した通勤ラッシュの構内。
斗真を庇いながら乗り込み、人混みに押され流される。
長期の正月休みで、戦闘態勢の感覚を失い鈍った身体には少々キツい。
あの辛い出来事を全て上書きしてしまう程の、蕩けるような甘い時間が、すっかり身体に蕩けてしまっていた。
「なぁ、希…いつものことだけど、この時間何とかならないかな…」
「うん…引越し考えるか…でもこの近辺の地下価格半端じゃ無いしな…」
「先立つ物がないと。老後も不安だし。
万が一の貯蓄も必要だからな。
丸々家に注ぎ込むわけにはいかないし。」
「ぷふっ。じゃあ、がっつり仕事しますか。」
「頑張ります、チーフ!」
肩を叩き笑いながら、勤務先のビルに吸い込まれていく。
ここでもエレベーターにすし詰めにされて、ウンザリするが、数十秒の我慢だと自分に言い聞かせる。
女物の香水にすら吐き気を覚える。
日頃は当たり前のことで何とも思わないのに、間が空いて楽を覚えると、その当たり前に慣れるまで苦痛になってくる。
「「新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!」」
あちこちで新年の挨拶と、休みの間の過ごし方等のたわいも無い会話が交わされる。
俺達もその会話に加わり、取り敢えずお土産を配った。
『新婚旅行か』とか『海外だなんて稼ぐ人はいいな』とか、やっかみと揶揄いの声を受けながら、一頻りみんなと挨拶を済ませ、斗真とボスの元へ向かった。
「ボス、新年おめでとうございます!
今年はご迷惑掛けないようにします!」
「新年おめでとうございます!
業績アップ、今まで以上に頑張ります!」
「やぁ、お二人さん!
今年もよろしく頼むよ!
新婚旅行はどうだったかい?天候は大丈夫だったのか?」
「はい、お陰様で。悪天候になる前に帰国できたので。
ボス、これお土産です。」
「ありがとう。気を遣わせたな。
では、遠慮なく…」
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