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第737話
他愛もない話をして部屋を出ようとした時、俺だけ呼び止められた。
「ノゾミ!明日の会議の打ち合わせをしたいから、君だけ少し残ってくれ。
トーマ、ちょっとダンナを借りるぞ!」
「ボス…“ダンナ”って…社内での公私混同はお止め下さい!」
頬を赤らめ斗真が出て行った。
「…ノゾミ、ドアを閉めてくれ。」
打ち合わせくらいならドアオープンなのに…と不思議に思いながらドアを閉めに行った。
廊下を覗くと、もう斗真の姿はなかった。
「さ、掛けてくれ。」
促されてソファーに身を沈めると、ボスが俺の目をじっと見ながら尋ねてきた。
「トーマは…立ち直ったのか?
見た目は全く大丈夫そうだが?」
何のことかと訝しげにボスを見遣ると
「あの事件、お前達も被害に遭ったんじゃないのか?」
ぞわりと鳥肌が立ち、あの光景が蘇ってきた。
目を見開き、ボスを睨みつける俺に
「…俺の姪も被害者だったんだ。
迷ったんだが被害届を出して、訴訟に加わった。
昔の事件も次々と立件されてる。
数え切れない罪状があり過ぎて、警察もパンク寸前らしい。
…日本人も被害者だと関係者に聞いて。
条件が全てお前達に当てはまるから…ひょっとしてって思ったんだ。」
ボスは何もかも知っている…
「ええ。
俺のせいで斗真が事件に巻き込まれたんです。
でも、俺が思う以上に斗真は強い。
俺の方がダメダメで…
アイツが前に踏み出したのを慌てて追い掛けている…そんな感じです。」
「そうか…トーマはしなやかな心を持っているからな。
もし、どうにもならない時は言ってくれ。
腕のいいメンタルクリニックを紹介しよう。」
「ご心配をいただきありがとうございます。
このことは、斗真には」
「勿論だ。“俺は何も知らない”。話は以上だ。
ノゾミ、愛は最強だよ。」
「十分承知していますよ。では失礼します。」
ウインクしたボスに一礼して部屋を出た。
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