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第823話
それを察したのか、希が遠慮がちに尋ねた。
「俺達、電車でも全然大丈夫なのに…あの、無理に急がれたのでは?」
すると、前川チーフは助手席から顔を覗かせて
「いえ、こっちの方が早いんで。
ご遠慮なく。」
「ご自宅、どちらでしたっけ?」
「◯◯町です。通勤するには便利なようで不便な…私はもっと会社に近い所が良かったんですが、何しろ嫁が…ね…」
「あぁ…それは大変ですね。
あ、でもその辺って昔っからのいい所ですよね?
まぁ、奥さんの言うことも聞かなきゃならないし。」
「ええ、嫁は“絶対”なんです!
あのね、私は婿養子なんです。
だからね、まぁ、その…尻に敷かれてると言うのか、虐げられてると言うのか…」
俺も希も何と答えていいのか分からず「はぁ」とか、「それはそれは(ごにょごにょ)…」とか、言葉を濁して苦笑いしていた。
そんな嫁のリクエストで招待された俺達に、何を相談しようと言うんだろう。
何だか途端に気が重くなってきた。
ため息をつく俺に、希がそっと指を絡めてきた。
まるで『大丈夫』とでも言うように。
ちらりと横目で顔色を伺うと、希は何てことない、とでも言いたげに、頷きながらぎゅっと手に力を込めてきた。
その温もりで幾分かは気分が浮上してきた。
もう、こうなったら仕方がない。
俺達に気を遣ってか、色々と話し掛けてくる前川チーフの相手をしているうちに、どうやら到着したようだ。
「ここです!
手狭な家なのでゆっくりしていただけるかどうかは分かりませんが…」
「凄っ…ここら辺、高級住宅街じゃないですかっ!一戸建なんて…前川チーフ、頑張りましたねぇ…」
「いや、ですから、嫁の実家で…あ、二世帯住宅で別れてますからどうぞお気兼ねなく。
さ、どうぞどうぞ。
ただいまー!お客様お連れしたよー!」
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