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第824話

ドアの鍵を開けチーフが奥へと声を掛けると、パタパタとスリッパの音もけたたましく、小柄な女性が走ってきた。 「お帰りなさい!いらっしゃいませっ! お忙しいのにお呼び立てして申し訳ありませんでした!妻の春菜です! さあ、どうぞ!お上がり下さいっ!」 「お招きいただきありがとうございます。」 「お邪魔します。」 にっこりと微笑んでいるのは前川チーフの奥方。 “美人”という第一印象の春菜さんに、挨拶もそこそこに半ば強引に招き入れられた。 幼い顔立ちながら美人系の理知的な顔付き。 意思を持った大きな瞳。 緩やかにカーブを描いたセミロング。 童顔に似合わぬ、俺にはない…せり出した胸。 何故か胸がズキッと痛んだ。 ひょっとして…希の隣にいたのはこんなかわいらしい女性だったのではないか…俺で…こんなゴツい身体の俺で良かったんだろうか… 「斗真?」 俺の凹み具合に気付いたらしい希に名前を呼ばれた。 ハッとして「何でもない」と首を振ったが 「俺の伴侶はお前だけだから。」 とささやかれて泣きそうになった。 どうして分かるんだ? 俺が一番欲しい言葉をくれる夫を見つめると 「俺はお前しかいらないから。」 と、背中を摩られて少し落ち着きを取り戻し、案内されたリビングへ向かった。 「二人で押し掛けて申し訳ありません。 これ、良かったら飾って下さい。」 「まぁ素敵!ありがとうございます! お気を遣わせてしまって、かえって申し訳ありませんでした。 浩介さん!見て!」 「うわぁ…申し訳ない。 私でもこんな見事な花を送ったことがないのに…すみません、ありがとうございます。」 恐縮しきりの前川夫妻に、喜んでもらえたことに安堵した。 上着を預かってもらい、目の前のご馳走に目を見張った。

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