829 / 1000
第829話
希が俺の肩を抱き寄せ、片方の手でしっかりと俺の手を握ってくれた。
人前で何すんだ、って気持ちは瞬時に何処かに消えて、俺を包んでくれる希の愛を全身で感じていた。
この温もりがあれば、俺はどんなことでも喜びを感じて、辛いことも乗り越えていけるんだ。
きっと前川チーフ達も同じなんだろう。
暫く、俺と春菜さんの静かな嗚咽が続いて…
希の愛と体温で落ち着きを取り戻した俺は謝罪した。
「…すみません、泣くつもりなかったのに。
お気を悪くされたのなら申し訳ありませんでした。」
春菜さんはふるふると首を振り、目尻に溜まった涙をティッシュで拭うと
「いいえ。
斗真さん…私達、親友になれそうですね。」
と、赤い鼻と目のまま微笑んだ。
俺も頷きながら答える。
「こんなヤローですけど、よろしくお願いします。」
ふふっ
くっくっくっ
はははっ
和やかな笑いが起こり、それからまたプライベートなことやら社内のことやらで盛り上がり、瞬く間に時間が過ぎていった。
「すっかり遅くなってすみませんでした。
良かったら、今度はうちに来て下さい。
大したおもてなしはできないけど、美味い酒はありますから。
明日チーフに、例のエステのオーナーの名刺送っときます。」
「あ、ココアちゃんもぜひ!
お待ちしてます。
従兄弟さんに喜んでもらえるといいですね。」
「ありがとうございます。
お引き留めしてしまって申し訳ありませんでした。
今後もプライベートでも仲良くして下さいね。
今度ぜひお邪魔させて下さい。」
「斗真さん、レシピ、二、三日内に送りますね。
それと…本当にありがとうございました。」
それぞれに握手までして一階まで降りて来ようとするのを、ここでいいから、と制してお暇した。
下降するエレベーターで希にもたれかかる。
俺の頭を撫でる手の平が心地いい。
ともだちにシェアしよう!