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第844話

深呼吸して、大好きな希の匂いを吸い込む。 耳からは絶え間なく愛の言葉が紡がれる。 身体の中から希で満たされていき、次第に俺は落ち着きを取り戻していった。 「…もう、大丈夫だ…希、ありがとう…」 「斗真…ごめん…」 「謝罪の言葉より『愛してる』と言ってくれないか? …そのほうが、俺はうれしい…」 「斗真、何度でも言うよ。『愛してる』『愛してるよ』」 「うん…うん。」 希に抱かれ心地良い言霊のリズムに癒された俺は、希の唇にそっと触れた。 「斗真…」 また胸に擦り付くと、優しく抱きしめられる。 居心地の良さに、また瞼が重くなってきた。 微睡みの中、希の『愛してる』という低い声と、頭から背中に滑る大きな手の平だけを感じていた。 きっと、きっと時間が解決してくれる。 ミシェルやダニエル、そしてジェシカが言うように。 いつか…彼女達のように、胸の痛みを癒しながら、希と笑顔で歩いて行けるんだろうか。 いや、そうなりたいし、そうしたい。 希の隣で胸を張って進みたい。 俺は…この先もあの悪夢に惑わされることがあるだろう。 でも、その度にこの逞しくて最強の伴侶がそれらを蹴散らし、守って引き上げてくれる。 俺は、そう信じてる… ふっ、と目が覚めた。 外は、まだ仄暗い。今何時だ? いつの間に寝てしまったのだろう。 「斗真、目ぇ覚めた?」 「希…」 「よく寝てたから起こさなかった。」 「…寄っ掛かってゴメン。痛かっただろ?」 「よいしょっ…と。大丈夫、クッションあったから。 もっとこっちにおいで。」 素直に擦り寄ると、子供のように横抱きにされた。 「泣きたい時は泣いてもいい。ただし俺の前で。 そんで、美味しいもの食べて抱きしめ合って愛し合おう。」 じわりと滲んだ涙の膜に、希の笑顔が歪んだ。

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