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第929話
頷く希と一緒に肩を並べて薄暗い『霊宝殿』へ入ると、しんとした空間の中、ほのかに浮かび上がる仏像は、凛とした美しさでそこにいた。
先に行った二人を探すと、もう既に拝観者用の椅子に座り、『彼』と向き合っていた。
畳の席は彼らには辛いだろうから椅子で正解だ。
ユータは勿論のこと、マイクも静かに息を殺すようにしてじっと見つめていた。
なるほど、ユータが言っていたように、マイクに似ているかもしれない。
マイクは元々アメリカン・ナイスガイなんだけど、東洋的な雰囲気もある。
顔が、というよりも雰囲気が。
穏やかで知的で、全てを包み込んで許してくれそうな、気品のある感じが。
俺達の他にも参詣者がいるが、誰一人として話をする者がいない。
みんな黙って祈りを捧げるような、そんな独特な張り詰めた空気の中、俺達もそっと空いた椅子に座った。
流石に“日本一の仏像”と称されるくらいに美しくて、穏やかなアルカイックスマイルを浮かべ、佇んでいる。
遥か千数百年前に作られ、信仰の対象となっていた『この人』は、俺達の悩みや苦しみも昇華してくれるのだろうか。
ふと、右手が暖かくなったのに気付いた。
希が俺の手を握っていたのだ。
視線を顔に移すと、希が真っ直ぐ前を向いたままささやいた。
「“彼”が嫌なこと全て吸い取ってくれるような気がする。
斗真、マイナスの思いは全てここに置いて帰るぞ。」
俺は無言で頷いて希の手を握り返すと、また物言わぬ静かに佇む人に視線を戻した。
一体どのくらいの時間、そこで座っていたのだろうか。
気が付くと、観光客達は何度も入れ替わっていたみたいだった。
ユータは仲良くマイクと俺達のところへやって来て
「ノゾミ、トーマ、ありがとう!
もう、本当に最高だった!
…やっぱり彼は…マイクだったよ!」
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