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第970話
不意打ちで耳元でささやかれ、びくりと体が跳ねた。
「ばっ、ばかっ!そんなこと今言うなよ!」
「ごめんごめん!心の声がつい…な。」
謝っても本当に悪いなんて思ってないくせに。
むうっ、と膨れっ面をすると
「ごめんって。お詫びに『étoile 』のケーキ買って帰るから。
ね?」
ん?étoile?ケーキ?
少し口元が緩んだ俺に、してやったりと希が畳み掛ける。
「うん。好きなやつ買ってあげるから…確か今、季節限定のケーキが何種類か出てるはずなんだよな…あれ、斗真が好きそうなリキュール漬けのベリーがスポンジの間に生クリームといっ」
「待って!分かった!本当に好きなの買ってもいいのか?」
「当たり前じゃん!俺は斗真が喜ぶなら何個でも買ってやるよ。」
「…あそこのケーキはお高いんだぞ?」
「俺の給料いくらだと思ってんの?」
「うっ…」
「決まりだな。じゃあ、急ごう!売り切れだとショック受けるし。」
悔しいけれどケーキに負けた。
いや、ケーキで懐柔する希に負けたんだ。
くそっ。
でも…でも、滅多にお目にかかれないétoileのケーキのことで頭が一杯になった。ましてや“季節限定”。今を逃したら来年まで食べれない!
この時間にまだ残ってるのだろうか…
さっきまでの希への怒りが瞬時に消え去った。
俺は何て単純で欲に弱いんだろう…
半ば落ち込み半ば期待でワクワクする俺を希が嬉しそうに見つめている。
それを無視して目当ての店に向かった。
ドキドキしながらドアを開ける。
「いらっしゃいませ!」
にこやかに笑顔を振り撒いている(だろう)店員の顔も見ずに、一直線にガラスケースの前へ突進した。
ケースにはまだ全種類らしきケーキが並んでいた。
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