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第85話
俺の頬に伸ばしてきた希の手がぴたりと止まった。
「えっ?別れる?」
大きな目が更に大きく見開かれていた。
見る間にその瞳が潤んでいく。
それを無視して俺は目に力を込めて尚も畳み掛けて言う。
「そうだ。もうこれ以上何もするな。
それでもいいなら…」
「…わかった…」
叱られた犬のように項垂れて、行き場を失ったその手が力無くベッドに落ちていった。
俯いたままでピクリとも動かない。
だって、加減しないお前が悪いんだぞ?
これ以上何かされたら腰が砕けて起き上がれない。そんなのはゴメンだ。
いや…一緒になって煽ったのは俺か…
今まで見たことのない程の希の落ち込み方に、俺は動揺していた。
安易に『別れる』なんて言ってしまったからか?
昇進の話を蹴ってまで俺を追い掛け日本に帰ってきて、やっと…やっとお互いに気持ちを確かめ合って抱き合って…なのに俺は、不用意な言葉を吐いてしまった…
「…希?」
呼び掛けても無反応。
「おい、希。俺のこの状態わかるだろ?
動く度に腰に電気が走って痛くて堪らないんだって。
触られたりしようもんなら悶絶してのたうち回る痛さなんだぞ?
…『別れる』は大袈裟だった。ごめん。
言い過ぎた。希、ごめん。」
掠れた声は希に届いたのか?
「…俺こそゴメン。
ご飯の用意ができたら声掛けるからゆっくり休んでくれ。」
希は頬に落ちた涙をぐいっと手の平で拭うと、部屋から出て行ってしまった。
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