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第110話
「ねぇ、何食べたい?好きなもの作るわよ。今から買い物行ってくるから。」
「ごめん、お袋。俺、明日朝イチでお客さんとのアポがあるんだ。今夜の便で帰るよ。
今度ゆっくり帰ってくるから、ごめん。
だから、晩メシは用意しなくていいから。」
「えーっ、そうなの?
お父さん達、希君とまた飲める って楽しみにしてたのに…
わかったわ。じゃあ、今度はゆっくり泊まりがけで帰ってきなさいね。
希君も。ここ、自分ちだと思って帰ってきて頂戴。もう、あなたはうちの子だから。」
「えっ…はい、すみません。ありがとうございます。」
「お袋、ごめんな、ありがとう。
目も覚めたし、これから帰るよ。」
「はいはい。残念だけど仕方がないわね。
お父さんに伝えてくるわ。」
トントントン♪ 階段を降りていく音。
心持ち、揶揄うような音に聞こえてしまうのは気のせいか?
ばくばくと心臓が跳ねている。
ヤバかった…まさか聞かれて、見られてないよな?
窓開けたし、匂いは…セーフか。
「はぁ、間一髪…ヤバかった…でも、お母さん達に悪いことしたな…」
「多分セーフだと思う、そう思うことにする…
いいんだよ。あの人達は俺達抜きで盛り上がるんだから。
とにかく…今日は帰りたいんだ。
そのかわり今度来る時は泊まりでいいか?」
「あぁ、勿論。好物伝えて作ってもらおう。」
どちらからともなく近付く唇。
その僅かな温もりを堪能してそっと離れた。
泊まらないのかと残念がる家族に盛大に見送られ、俺達は車中の人となった。
通路から見えないように指を絡め、時々見つめ合う。
俺は希の手の温もりを愛おしく感じながら、逸る心を抑えていた。
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