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第6話「栞」
手当てを終えて、秋風はホットココアを用意してくれた。コーヒーは苦手だが、これなら飲めると言った俺の為にわざわざコンビニに走ってくれた。そこまでしてもらう義理はなかったが秋風はこうと決めたら実行するタイプなのか、俺の言う事を無視してさっさとコンビニに向かってしまった。その間、何をするでもなく秋風の部屋を見渡したり、ちょっと勝手に引き出しの中身を見たりしてみる。(これは内緒だ)引き出しの二段目、その中に少し気になるものを発見した。ココアを啜りつつ、それを秋風に見せる。
「なぁ、この栞って……」
それは、桜の花弁を押し花にした栞だった。何故それが気になったのかそれは、この栞と似たようなものを俺の母親が持っているからだ。売り物じゃないし、どこかで作ったものだろう。同じような栞に何故か興味を持った。
「昔、作ってもらったんだよ」
「誰に……?」
「俺の大切な人に」
なんだ。彼女に作ってもらったものか。よくよく考えれば押し花なんてどれも似たようなもんだろう。俺は、最後の塊になったココアの甘い部分を喉奥に流し込んだ。大体、母親と似たようなものを持っていたからと言ってそれが何になる? 俺と何か接点があるわけじゃないだろう。小さく笑って、俺は立ち上がった。
「ご馳走様。あと、手当てしてくれて助かった。もう帰るよ」
「いつでも来るといい」
「え?」
「……家に帰りたくないからあそこにいたんだろ? 俺から親御さんに連絡は入れておくからいつでも来い」
「余計なことしなくていい。居場所なんて伝えなくていい!!」
そんなことされた日には、母親からグチグチ言われるに決まっている。俺は、机の上に置いた財布を無造作に尻ポケットに突っ込んで秋風の家を後にした。
*****
翌日、購買で買ったパンを中庭で貪っていると秋風がやって来て隣に座った。昨日の今日でなんだか気まずくて、俺は無視してもごもごとパンを食べ続ける。秋風は弁当を取り出して(彼女が作ったのだろうか?)膝の上に置き、小さくいただきますと言ってから卵焼きを口に入れた。どちらとも喋ることなく淡々と食事が続く。
「昨日は悪かったな」
先に口を開いたのは秋風だった。面食らっていると秋風がさらに続ける。
「お前の気持ちとか考えてなかった。気が向いたらでいい。夜遊びするんだったらうちに来てゲームでもしろ。な?」
そう言ってやんわり微笑んだ秋風の表情に激しいデジャヴを感じて、俺は顔を覆う。何だ? 今の感じ……?
「蝦夷森? 大丈夫か?」
「っうん……なんでもない。……そうだな、気が向いたら、遊びに行ってやるよ」
秋風は安堵したようにまた小さく笑った。それにも、また先ほどと同じ既視感を覚えて俺はただ困惑する。
「ついでに勉強も見てやろうか?」
「それは……いらない」
進路相談のプリントのことを思い出して、俺は苦虫を潰したような顔になる。それを見た秋風がまた笑って、お前は本当に勉強が嫌いなんだな、なんて暢気なことを言う。進路相談……秋風になら正直に悩んでいることを話してみてもいいだろうか――そんな思いがふと込み上げた。
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