4 / 11

第4話

 二学期の終盤になると、どいつもこいつも予備校だの塾だのと、やたら忙しくなる。荻野も多分に漏れず、参考書から頭を上げない日が多くなった。  「つまんねえな……」  夏休みの前に突然の進路変更、そして専門学校へ進むと決めた。あとは卒業を待つばかりだ。部活も引退してつるむ相手もいない、最近は時間と体を持て余していた。  授業中も「ここ、試験でよく問われるぞ」という先生の言葉に、自分には関係のない話だけで世界が回っているような気がしていた。    進学校の理系クラスなんて、真剣に受験に取り組むやつらばかりだ。俺も確かに夏までは大学に進学するつもりだった。そうあの日のあの出来事がなければ。    「なあ、隣町に新しく製菓学校ができたの知ってるか?」  「あれ?お前甘いものなんて食べたったけ?」  「製菓って……お前から一番遠い世界にしか見えねえ」  「そんな事より、夏期講習どこ行く?」  もちろん誰もが同じような反応だった。まあ、それが普通の反応、進学校で九割以上の学生が大学に進学する。ましてや、理系クラスにいるやつで専門を目指すやつなど一人もいなかった。  「いや、少し気になっただけ……」  そう言い残すと教室から廊下へと出た。その時なぜか教室の入り口に寄りかかるようにして立っていたやつが声をかけてきた。  「先輩、昔から甘いもの好きでしたよね。自分も好きです!」  「溝内!?お前、なんで三年の校舎に居るんだ」  「やった!今日は気が付いてもらえましたね。毎日、ここに来ているのに先輩見つけてくれないんですよね」  「は?」  「またまた、そんなつれない態度。先輩の作るケーキとか食べられたら最高なんですけどね、いくらでも味見しますよ?」  「誰が、作るって!一年がこんなとこ、うろうろしてんじゃねえ」  「うーん、パティシェか……それもいいですね」  人の話を聞いているのかいないのか、溝内は真剣に何か考えている。  「ん?お前一年の溝内?」    教室から出てきた荻野が、溝内の存在に気が付く。  「あ、荻野先輩。先輩って甘いもの好きですかね?」  「別に、普通だけど。いきなり何?」  「近藤先輩、ここは自分が一歩リードですよね」    それだけ言い残すと、狐につままれたような顔をした荻野に頭を下げて、溝内は手を振りながら楽しそうに帰って行った。    「お前、甘いものが好きなんだ」荻野が聞いて来た。  「さっき教室で製菓学校の話してたろ?いいじゃん。好きなものがあって、俺なんてこれってものが見つからない。何でも中途半端にできるより、これってのがあるやつは強いよな。お前らしくて、良いと俺は思う。大学に行かなきゃいけないなんて誰が決めたんだろうな」    そう言うと荻野は教室へと戻っていった。さっきの教室での他の奴との会話を気にして、様子を見に来てくれたんだと知る。『そうか、別にいいのか。大学に行くのは義務じゃない』やっぱり俺は荻野のことが好きだ。そう思ってしまった。  

ともだちにシェアしよう!