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第5話
「面白くないです」
「あ?なんだお前、また来てんのか?」
何が面白くて何が面白くないのかわからないが、溝内はしきりに「面白くないです」と繰り返していた。
「今更ですけど、毎日来ていますよ。あー、先輩の援護射撃したのがなあ、自分じゃなくて荻野先輩ってのがなあ……」
「は?なんのことだ?」
「外まで聞こえてきましたよ、さっきの会話」
進学クラスからの専門学校進学は少なからず波紋を呼んだ。最初に相談した担任は驚いて、親を説得しようと家にまで来た。そして、学校でも何度か呼び出され、確認された。
どこから、どうやってその話が漏れたのかは知らないが、いつの間にか誰にも言っていないはずの専門学校への進学はクラスみんなの知ることろとなっていた。
成績が落ちたから逃げたとか、親から勘当されたからだとか、周囲のやつらは面白おかしく噂にしていた。まったく気にしていないと言ったら嘘になるが、言い訳するのさえ面倒でそのうちに忘れるだろうと放っておいた。
そして今朝……
「いいよなぁ、勉強しないで逃げる道選べる奴は」
どこからか聞こえてきた、そんな下らない陰口を荻野がばっさりと切り捨てた。
「言いたいことあるなら、近藤本人に言えば?単に行き先決まったことが羨ましいんだろう、お前らは。まあ、俺も正直羨ましいよ。自分がやりたいことが見えてるってカッコいいよな」
一瞬の沈黙と気まずさ、そして誰もが視線を下に向けた。ふとその風景が可笑しくなって笑みがこぼれた。荻野らしい、あいつらしい。ひねくれた俺とは違って、常に正直で真っすぐだ。だから目が離せない、だから自分のものにしたい。その綺麗な白さをこの手で汚してみたい。
下卑た欲を誰にも、いや荻野に見せたくなくて廊下に出た。その途端に「面白くないです」と声を掛けられたのだった。
「勝ち目ないですかね?」
「人の気持ちがどうにもならないのはお前が一番良く知っているのかと思ってたよ」
「自分、近藤先輩のこと多分誰よりも知ってますよ。そして、間違わずに運命だと思ってますから」
それだけ言い残すと溝内は、その場を離れていった。都合よく誰かを好きになれるほど、器用じゃないとその後ろ姿に告げた。
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