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僕は小さな頃から、可愛いものと綺麗なものが好きで、ビー玉や、貝殻とか、押し込められた空間の中で図鑑だけをみて憧れを募らせていた。
ーーー綺麗なものに触れてみたい。
ガラスが冷たいことは知っていたし、貝殻が直ぐに砕けてしまうのも、知識としては、頭にあった。
でも、
「眞洋は、綺麗だ」
カウンター席に座った状態で、足をプラプラさせながらそう呟いた。
両足ともえげつないほど切っていたらしく、じくじくと痛む。しばらく立てないわねと困ったように言った眞洋への返答がさっきの言葉だった。
「……あ、ら、そう…⁇」
「そう」
目を丸くする眞洋に、首を傾げながら「ありがとう」と告げると、今度は眞洋が首を傾げた。
「どうして…、お礼?」
「? どうしてって、怪我をみてもらった。礼を言うのは当たり前だろう」
「あら、ふふ、貴方いい子ね」
カウンター越しに眞洋が笑う。酒棚 は相変わらず意味がわからないラベルが並んでいる。じっと見つめていると、眞洋がクスリと笑いながら、気になる?と聞いていたから頷いた。
「…くすな、歳は?」
「18になった」
「そうなの。ならお酒は飲めないわね」
「お前は飲むのか?」
「仕事ですもの。嗜 む程度には、ね」
かちゃんと眞洋の手元で音がする。覗き込んだら、シンクに水が溜まり、そこでグラスを洗っていた。
「これはキッチンなのか?」
「キッチン……とは少し違うかしら。冷蔵庫もあるけど…料理はあの奥で作るのよ。ここはお酒を出す場所」
「…? よくわからない」
「ふふ、そうね。くすなには少し早いわね」
酒を飲んだことはない。と言うか、ジュースという趣向品 すら飲んだことがない。文字だけで見たことがあるオレンジジュースやりんごジュースは果実と同じ味がするのだろうか。興味はあっても、手が届かない。
あったかいお茶と水しか飲んだことがない。実のところ、外に出たのも今回が初めてだった。
「…酒は、二十歳になってからと本に書いてあった」
「本…?」
「そう。僕は学校に行ったことがないから、そういうのは本で読んだことがあるだけだ」
「……貴方、18歳でしょう?今までどうしていたの?」
グラスを洗う手を止め、眞洋がまっすぐに見てくる。紫色の瞳が綺麗だなと、ぼんやり思った。
「今まで、とは」
「言葉のままよ?今までどうやって暮らしてきたの?さっきは追われていたでしょう?」
「あぁ、そういうことか。僕は部屋から出た事がない。外に出たのも今回が初めてだ。学校にも行ったことはないし、そもそも親の顔も知らない。さっきのやつらは屋敷の警備をしている人間だと思う」
よくわからない。そう告げると、眞洋が困ったように笑いながら息を吐いた。
「……そう、なのね。なら、家に帰りたくはない?」
「でも、帰る場所はあそこしかない」
家と呼べる場所は、あの狭い空間だけ。
窓から飛び降りたとき、初めて屋敷の外観を目にしたけれど少し古びた洋館だった。
庭と思しき場所は手入れされておらず、雑草が地面を覆い尽くしていた。
「なら、怪我が治って、歩けるようになったらお家まで送ってあげるわ」
眞洋が顎に手を当てながら、あぁ、と言葉を続けた。
「でも、外に居たいなら早めに教えて頂戴ね」
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