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店は狭いのに、家は広いのか。
第一印象は、これに尽きた。
「ここがお風呂で、こっちがお手洗い。奥が書斎 よ」
僕を片手で抱き上げるその力は一体どこから出てくるんだ。いや、違う。今はそれじゃない。
眞洋の家、と言うかマンションはとにかく広かった。僕の今まで暮らしていた部屋が狭すぎて、感覚がおかしいのか分からないけれど、僕からしてみれば広い。
眞洋が言うには、「知り合いに借りている」らしい。
「さて、こんな感じかしら」
リビングに戻ると、立てる?と床に降ろされた。指先からゆっくり降りるけれど、つま先に力を入れた瞬間に激痛が走る。
「あら、やっぱり駄目ね…。病院の方がいいかしら」
「病院はいい」
眞洋にしがみつきながら、ゆっくりとソファに腰掛けた。白いソファに、黒いクッション。小さなテーブルを挟んだ向こうにテレビがある。
「……」
四角い板にしか見えないそれ。
テレビも目にするのは初めてだった。
足が痛いのも忘れるくらい、知ってはいるが見たことがないものがたくさんある。
「…僕が知らないことばかりだ」
ぽつりと呟くと、頭をぽんと撫でられた。眞洋が隣に腰掛けて、テレビをつけながら「仕方がないわ」と言う。
「これから知っていけるわよ。色々、ね」
四角い板に知らない人々が映っている。笑ったり、怒ったり、テレビからは様々な声が聞こえた。
「……これ、から」
それは、一体いつまでだろう。
僕は怪我が治ったら帰るわけだし、また本ばかりの日々に戻る。ごく僅かな人間にしか合わず、親の顔も知らない。
普通の18歳なら、これからもっともっと多くの事を知ることができるはずなのに。
「眞洋は」
「? なぁに?」
「眞洋は、僕が知らない事を沢山知ってる。あの箱…テレビも、店も、外の景色もたくさん。それがすこし、悔しい」
テレビを見つめながら、小さく吐いた。
テレビ画面の左上に表示された時刻は、丁度昼12時だった。
「ねぇ、くすな」
「なんだ」
「貴方は〝普通〟に暮らしていたの?」
「……………僕の知る普通と、外の常識は違う。僕の生活は、世間からすれば〝異常〟だ」
言葉に出すと、すごく胸がもやもやする。分かっては、いた。今までの僕の暮らしがおかしな事くらい。だから、
「逃げなくちゃいけないと、思った」
あの狭い空間から、逃げなくちゃいけないと。逃げたいと思った。もっと世界に直に触れたいと。
けれどそれは、直感のようなものだった。突然、逃げなくちゃいけないと、ここに居てはいけないと。
「眞洋が助けてくれなかったら、僕はきっと今頃またあの部屋に――」
そこまで言葉を続けて、僕は隣に座る眞洋に顔を向ける。
「僕は、あの部屋に……あの屋敷に、帰りたく、ない、のか?」
「…くすなは素直ないい子だけど、少しだけ鈍いのかもしれないわ」
眞洋が困ったように眉根を下げながら僕の頭を撫でた。
「貴方がもっと沢山のことを知ったり、体験したりするには、今までの〝普通〟じゃ無理ね」
でもそれは、自分で決めなくちゃね。と眞洋は言葉を続けて口を閉じた。
自分で、決める。そうか、もう僕は外に居るのだから自分で決めなくちゃ。
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