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一週間も経てば、大分歩けるようになった。 あと、眞洋についてわかった事もいくつかある。 仕事中は変な口調で喋らない。これは3日目に気がついた事だ。店の電話に出るときは、普通の口調。正直驚いた。あと、背が高くて足が長い。僕がまともに立って眞洋を見上げたのは最近だったけど、大きい。 そして力持ちだ。重いものを片手で簡単に持ち上げる。 「まだ靴は履けないわね」 「少し、痛い」 顔をしかめながら靴を脱いだ。裸足で床を歩くのは可能だが、靴を履いて歩くとまだ痛い。怪我をするとこんなに治りが遅いのかと新たな発見をした。 玄関で床に座りながら靴を脱ぎ、傍に立つ眞洋を見上げる。 「眞洋」 「どうしたの?」 首を傾げながらしゃがんだ眞洋に向き直るように身体をよじった。 「ここに来た最初の日、眞洋は自分で決めろと言った」 「………えぇ」 僕が脈絡なく話し始めても、眞洋は真剣に聞いてくれる。まっすぐに見つめてくる紫の瞳が、とても綺麗で。 「僕は、ずっと外に出てはいけないと言われて育ってきた。部屋の中が世界で、外の事は本で知り得る知識しかない。雨の匂いも、地面の感触も、何も知らなかった」 あの日、窓をぶち破って逃げ出した時、正直このまま逃げ切ったら海に行きたいと思っていた。 だけど、眞洋が助けてくれて全部塗り替えられた。最初から眞洋はキラキラしていて、一番綺麗だ。 「……眞洋と、一緒にいたい。だけど、僕は多分、…探されていると思う」 「そうかもしれないわね。追っ手の数が普通じゃなかったもの」 「だから、一度、帰らなきゃいけない。ずっと逃げていたら、僕がなぜあの部屋に閉じ込められていたのかわからないままだから」 でも、と僕が言葉を続けると同時に、眞洋の左手が右頬に触れる。 「……貴方は、本当に真っ直ぐなのね。逃げてもいいのよ?」 「でも、このままだと僕は眞洋のそばに居られなくなる」 「くすな」 「理由がわからないまま外に出らないなら、ここは前と変わらない」 「…くすな」 眞洋が小さく僕の名前を呼ぶ。僕は口を閉じて、眞洋の言葉を待った。少し辛そうに、笑う。 「………私は、貴方を家に送るって、前に言ったでしょう?外にいたいなら、それも、早めに言って欲しいって。覚えてる?」 「うん」 「貴方と話すのは楽しいわ。真っ直ぐで、私の想像を超えた答えをくれるから。元々、世話を焼くのも嫌いじゃないし、くすなの怪我も心配だから……いっしょに、いたけど」 「…うん」 「貴方は私のそばに居ない方がいいわ」 右頬に添えられた手が離れる。 どうして、そんな辛そうなんだ。どうして、どうして、僕は、 「……まひろ、は、迷惑だったのか…?」 あぁ、どうして。声が震える。唇が、うまく言葉を紡いでくれない。 「ぼくは、…っ、いや、いい。わかった」 あまり、綺麗だと言わない方がと言われたあの日から、眞洋にその言葉は一度も言わなかった。思っていても、口に出さないようにした。同じ様に眞洋にも、思っていても口に出さない事がきっとあったはずで、僕は知らず知らず、無意識の内に眞洋が嫌がる事をしてしまったのかもしれない。 だから、そんな辛そうな顔をするんだ。 「くすな」 離れていた手が、また触れた。 「眞洋、悪かった。今まで、何も…わからなくて……その、迷惑、だっただろう」 「違うわ」 「何が、」 違うんだと続けるはずの言葉が、唇に置かれた親指で止められた。 「違うのよ。迷惑なんて思った事はないわ。くすなが謝らなきゃいけない事なんて、何も無いのよ」 真っ直ぐな、視線。 僕はただ、眞洋を見つめる事しか出来なかった。 「私のせいで、貴方が泣く必要は、無いわ」 唇から、頬を滑り目元を撫でる。眞洋の指は、少しだけひんやりとしている。 「…泣いてない」 今まで生きてきて、泣いた事なんて一度もない。僕がそう告げると、眞洋は首を横に振った。 「泣いてるわ、ほら」 目元を撫でる指が、濡れている。嘘だと、僕は自分の目元をこすった。あぁ、本当だ。濡れている。 僕は悲しいのか。人は悲しいと泣くのだと、本に書いてあった。 …悲しい? 「……僕は、悲しいのか」

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