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言葉がうまく形を()さない。言いたい事は確かにあるはずなのに、言葉がわからない。 「僕は…なん、で」 悲しいのか。悲しい?どうして。 わからなくて目元をこすると、眞洋に手を掴まれた。 「…赤くなるから、あまりこすってはだめよ」 「まひろ、」 「えぇ」 「僕は、あの部屋に、かえる」 小さく呟くと、僕の手を掴む力少しだけ強くなった気がした。 「くすな」 眞洋が僕の名前を呼ぶ声が、もっと聞きたかった。いろんな事を知って、経験して、もっともっと、眞洋と話がしたかった。だけどきっと、僕は迷惑をかけてしまう。もっともっと、なんて、僕はこんなに我儘(わがまま)だっただろうか。 あの屋敷で暮らしていた時、僕にこんな感情があるなんて思いもしなかった。 これは、都合のいい夢なのかもしれない。夢が()めればまたあの部屋の中にいる。外に憧れて、僕はそのまま一生を過ごすんだ。 それでいい。 少し、胸が苦しいんだ。 「くすな」 「……っ」 「お願いよ、泣かないで」 「っ、」 掴まれていた手が離れて、僕は息を詰めながら立ち上がる。足が痛い。その痛みと、胸の痛みは全然違う。多分、まだ涙は止まっていない。でも、立ち上がって、玄関の扉を背に眞洋を見た。 がたんと音がして、背中が扉にあたる。 「……ありがとう、眞洋」 「え?」 「僕はきっと、眞洋を忘れない」 憧れてきた外の世界と、同じ。 僕の中に残り続ける。胸の痛みも、一緒に残るのだろうか。それは、困るかもしれない。 でも、これ以上眞洋の辛そうな顔は見ていられなかった。この部屋にいたら、眞洋の辛そうな顔ばかりを見てしまう。それは嫌だった。 「僕は、かえる」  ◇◇◇ (まぶた)が重い。ついでに言えば、車内の空気も重い。あの後、今すぐに帰ると言った僕の言葉に、眞洋は何か言いたげだったが口を閉じてて、分かったと言ってくれた。 眞洋の店まで送ってもらい、そこからは僕の記憶を辿(たど)るだけだ。逃げた時、真っ暗だったけれど、ひたすらまっすぐに走っていたからなんとなくの方角はわかっていた。 「……くすな」 眞洋の店につき、車が止まる。 僕は窓から空を見上げ、眞洋の声には答えなかった。 「私は、くすなを迷惑とか、嫌いだとか思った事はないわ。貴方に……綺麗だと言われるのも、嫌じゃないのよ。少しだけ恥ずかしいけれど。貴方が自分で決めた事だもの、帰るのは、悪い事じゃない。でも」 「眞洋の傍にはいない方がいいんだろう?」 「くすな」 「だって、僕は…言っただろう。眞洋のそばに居たいって。居られないなら、帰るしかない」 窓から見える空は、青い。僕はふと息を吐いた。 「……くすな」 「っ!  そばに居ない方がいいって、眞洋が言ったんだ!!」 空から自分の足元に視線を移しながら、自分でも驚くくらいの大声で僕は怒鳴っていた。目を見開きながら、眞洋を見ると、同じように目を丸くしていた。 「……胸が苦しいんだ。綺麗だって、言ったら困らせてしまうかもしれない。でも、眞洋、は、本当に綺麗だし、僕、は、胸が苦しいし、痛いんだ」 弱々しく、ただ出てくる言葉を吐き捨てるように声に出した。わけがわからない、僕ですら、何が言いたいかわからないそれらを、眞洋は息を呑みながら聞いていた。 「……そばに居たい…っ」 「くすなが(にぶ)いの、忘れてたわ」 僕が最後に言葉を漏らすと、眞洋は困ったように笑い、助手席の僕に手を伸ばす。 「眞洋…?」 「お店で話しましょう」 歩けるかしら、と聞いてくる眞洋に頷いた。

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