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店の二階、寝るためだけにあるその場所は、やはり殺風景だった。
ゆっくりと歩き、ベッドに腰掛けるように促されて、僕はそれに従う。ギシリとベッドが軋み、目の前に立つ眞洋を見上げた。
「……くすな」
眞洋は床に膝をつくと、僕の手をとり、あのねと言葉を続けた。合わさる視線に、迷いはない。
「私は、貴方と一緒に居たいわ。本当よ。貴方を助けて、出会えてよかったと思ってる」
「…」
「私のそばに居ない方が良いと思うのも、本心よ。でも、貴方に泣かれるのが一番辛いわ」
「眞洋は、矛盾 してる」
ポツリと言葉を漏らした。一緒に居たいのに、居ない方が良いという。
「そうね、矛盾してる。でもね、…私にはそうやって突き放すしか、やり方が思いつかなかったのよ」
ごめんなさい。と、眞洋が言葉を続けて、僕は眞洋の手を握り返した。
「…貴方に、言わなくちゃいけない事が、あるわ」
「なに」
「私、……人じゃないの」
「は?」
そうなるわよねと、眞洋が困ったように笑う。冗談を言っているようには見えないし、僕は眞洋の手をさらに強く握り返しながら、言葉を探す。
「……本当に?」
「こんな時に冗談なんて言わない」
「―――…だから眞洋は綺麗なのか?」
「私は綺麗じゃないわ」
互いに握る手を眞洋が引っ張り、僕の体が傾く。眞洋の腕が背中に回って、ぐっと感じる力に息を呑んだ。
「………お願いよ、くすな。怖がらないで」
耳元で聞こえた眞洋の声音はやけに弱くて、僕は眞洋の体を僅かに押し離した。少しだけ離れた眞洋の顔を間近で覗き込む。
「――…金色だ」
いつもは紫色の瞳が金色に光る。いつもの紫色の瞳だって宝石みたいにキラキラしているのに、これはもっと、
「…怖くない?」
「すごく、綺麗」
「綺麗じゃないわ…。綺麗なのはきっと、貴方のような子の事を言うのよ」
「黒髪…」
「……ふふ、本来は黒髪なのよ。いつもの色は、こんな自分を、忘れたくて」
自嘲気味に笑い、眞洋はまた僕の体を引き寄せる。
「翼もあるけど、服が破けちゃうから、また今度ね」
「つばさ」
「えぇ。くすなと同じで、私は両親の顔を知らないの。今よりもっと…ずっと昔に拾われて、育ててもらったわ」
心臓の音が近くて、眞洋の鼓動が聞こえた。僕も眞洋の背中に腕を回す。
「だから、私自身、自分が何なのかよく分かってないのよ」
「…でも、すごく綺麗だ、って、あまり、言わない方が良いか」
「いいのよ。でもね、……距離を置かなきゃいけないのに、境目がわからなくなるから、……手を、出してしまいそうだから」
「さっきから、ずっと心臓がうるさい」
ぎゅっと眞洋服を掴む。ポツリと呟いた言葉を、僕はさらに続けた。
「さっきから、自分の、鼓動がうるさいんだ。眞洋が、近くて、綺麗で、心臓が痛い」
眞洋の肩に額を当てながら、僕は途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「さっきからずっと、心臓が痛い。でも、さっきみたいな、苦しさじゃなくて、わからない、けど、この痛みは嫌じゃない」
なんて言えば伝わるのか、わからない。
いろんな本を読んで、でもやっぱりそれだけじゃわからない事が沢山あって、今だってそうだ。眞洋に言いたい事があるのに、喉の奥で引っかかって出てこない。
だけど、
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