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見渡す限り、林だった。
日中に歩くと、鬱蒼 とした場所に住んでいた事を自覚する。真っ直ぐに歩き続けて少しひらけた場所にその古びた屋敷はあった。
荒れ放題の庭、蔦 が巻きつく外壁。僕が飛び出した時に割った窓もそのままで、人のいる気配はまるでしなかった。
「…?」
足が少しだけ痛い。負荷 がかからないようにと靴じゃなくサンダルを履いていたからか、はたから見たら不恰好 で笑えるだろう。
「…入ってみるか」
ゆっくりと歩きながら、じんわり広がる痛みに眉をしかめた。荒れ放題の庭を抜け、亀裂 が入った階段を登る。
屋敷の中へと通じる扉はそれほど重くはなく、ギィッと軋みながら開いた。
「なんだこれ」
中はボロボロだった。亀裂が入った柱に、埃にまみれた絨毯。半壊した扉に、途中で崩れた階段も。
とてもじゃないが、人が住んでいる気配はなかった。
「……」
「おや、お帰りになられたのですか?意外ですね」
すぐ後ろから声がして、僕は息を呑んだ。柔らかく、けれど感情のない声音。
「くすなさん、勝手に出て行かれては困ります。また新しく閉じ込めてしまわないと」
振り返ると、燕尾服 を身にまとい、ひょろりと背の高い男が立っている。前髪は長く、表情はわからない。
「何を」
「どうせなら今度は逃げられないようにしないといけませんね。食事も絶ちましょう。何日正気を保てるかも試しませんと」
「――――何を、言って」
「あぁ、知りませんでしたか?貴方は元々実験用のサンプルです。貴重で高価なアルビノの。人より色素が薄い分、見えるものに差があったり、何かが突出していたりと――、まぁ、個人差はありますが」
サンプル?実験用?一体なんの話だと、僕はただただ見たこともない目の前の男を凝視する。
「アルビノと言うのは、それだけで価値があります。個人の突出した何かがなくても。この辺りのアルビノは貴方しかいませんから、大変貴重なんですよ。しかし――、笑えますね。自ら檻に戻るとは」
ペラペラと言葉を連 ねて行く男に、僕は声も出なかった。それなら、僕の親は、僕はどうして、この、18年間は。
僕は一体、誰なんだと。
「……」
言葉をなくした僕に、男はさらに言葉を続ける。嘲る笑いが辺りにこだまして、頭が痛くなる。
「逃げおおせたなら、二度と戻らない事をおすすめしますよ」
僕の意識は、そこで途切れた。
◇
少しだけ寒くて、目を開けた。
見覚えのある部屋、見飽きた景色。壁一面の本棚には擦り切れた本が押し込まれている。
たったの八日間、だったけれど、僕の世界も価値観も、すっかり眞洋に染まってしまったのを痛感した。
以前なら喜んで読んでいた本も、図鑑にも興味が湧かなくて。僕が割った窓もそのままだし、あの男は戻らない方がいいと言っていた。
でも
「あれ…?指輪」
眞洋からもらったチェーンにつけていた指輪が首から消えている。
僕が気を失っている間に奪われたのだろうか。どうしよう。あれがないと、胸がざわざわと落ち着かない。
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