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窓から下を覗いて、どうやって降りようかと思案(しあん)する。この部屋の出入り口には鍵がかかっていて出られない。 この思考を、少し前にも巡らせたなとため息を吐いた。 部屋をひっくり返しても指輪は見つからなかったから、恐らくあの男が持っているか、どこかに落ちているはずだ。 …あれがないと、落ち着かない。 前に飛び降りた時は何を考えていたのか、もう記憶にない。けれど、確かに飛び降りれる高さだ。 足裏の痛みを堪えながら、深呼吸をした。窓から見える空は僅かに暗くなり始めている。僕が倒れてから然程(さほど)時間は経っていないのだろうか。時計もないからわからなかった。 さっきからずっと、胸がざわざわと落ち着かない。眞洋の言葉が頭でぐるぐる回って、僕は唇を噛んだ。 「……っ、」 もう一度深呼吸をしてから、飛び降りた。 「…、っ、い、」 思わずその場にしゃがみ込み、目をぎゅっと瞑る。足裏に広がるじんわりとした声にならない痛み。足をゆっくりずらしながら地面に座り、足裏を確認すると、ガラス片がいくつか刺さっていた。 おそらく、前に割れた窓ガラスの破片だろう。巻かれた包帯が僅かに赤く染まっていく。 息を止めながらガラス片を抜き、乱れる息を整えて立ち上がった。 僕は、一体誰なのか。 それを考えると、足が止まってしまう。きっとこのままここにいたら、僕は殺されてしまうのだろう。 僕の18年間はきっと、無駄だったと。 こんなボロボロになってしまうなら、部屋でおとなしく〝ただ外に憧れる〟だけでよかったのではないか、とか、よくよく考えてみれば、僕は二、三人しか他人にあった事がない。それが普通じゃないと気がつけなかったのか、とか。 だけど、外に出なければ眞洋に会えなかった。今更、出会わなかった過去には戻れない。 ゆっくりと歩いた。足を引きずりながらまた扉の前に立ち、僕は軋みながら開く扉から中に足を踏み入れる。 「……ぁ、」 扉のすぐ向こうには、あの男がいた。 「探し物は、これですか?」 小さな小さな黒い指輪を手のひらに載せてみせる、名前も知らない奇妙な男。相変わらず表情は見えなくて、近づくのをためらってしまう。 「っ、!」 「…あぁ、やはり。大切な物なのですね。では尚更タダでは返せません」 にやりと笑う、その唇に僕は顔を歪めた。 「―――ですが、貴方はもうこの研究所に必要ありません。あなたが眠っている間に新たなサンプルも用意しましたし、自我の強い実験体は邪魔になります。なので、取引をしましょうか。くすなさん」 「…は?」 「選択肢は二択。ひとつは、貴方に指輪を返しましょうただし、その眼を頂きます。もうひとつは、貴方が墓に入る時に、返して差し上げましょう。勿論、貴方の死体からデータを採取した後で一緒に灰にして差し上げますよ」 取引でも何でもないじゃないか。僕は男をにらみ、けれど、男はさらに笑う。 「言ったはずですよ、邪魔になります、と。貴方のデータは充分取れました。突出したものもあまりない――ただの個体です。この短期間で感情が増えたのはめざましい結果といえますが、まぁありきたりなデータですね。ゆえに、もう必要ありません」 「……僕は、どうしてここにいたんだ」 声が震える。僕は強く拳を握りながら、男をまっすぐ見る。 「僕の親はどこにいる!」 「殺しましたよ?」 「………は」 殺した? 僕は、親を知らないで、ここが家だと信じたまま18年間を過ごして、今、要らないと言われたのか。 邪魔になったから、ただのデータを取るためのサンプルだから?眞洋の指輪を対価に、僕に死ねと言うのか。 眞洋に会えないのも、眞洋が綺麗だと言ってくれた瞳だって無くしたくない。こんな事のために、僕は 「……っまひろ…!」 消え入りそうな声で、名前を呼んだ。

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