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眞洋を呼んだ声が、空間に離散 して消える。
「あなたを殺すことなんて、簡単ですよ。くすなさん」
「……指輪を返せ」
小さく吐き捨てて、男を睨みつける。にんまりと三日月に歪む唇に、底知れない〝何か〟を感じた。
「指輪を返して欲しいのであれば、先程の二択、どちらか選んでいただきませんと」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどいませんよ。あなたはもう不必要ですが、死体になったら取れるデータもありますし、どちらになさいます?」
どちらに、なんて。ふざけている。選ばせる気なんてまるでない物言いに、僕は拳を握った。
「っ、」
「おや、サンプルが抵抗、ですか。やはり邪魔ですね」
「…うるさい!」
張り上げた声に、男が腕を組む。顔を上げた瞬間、視界が揺れて、黒い羽根が一枚、視界を横切って床に落ちた。
「これはこれは珍しい。天狗…いや、鴉 ですか?」
組んだ腕を解き、胸の前で掌を合わせながら男が笑う。僕は後ろから視界に入ってきた腕に抱き寄せられていた。
「……眞洋…?」
体を捩りながら後ろを見ると、黒髪の眞洋がいた。一気に歪んだ視界に、眞洋が息を呑んだのがわかった。
「これは困りましたね、最高のサンプルが目の前にいるというのに、誓約で鴉には手出しできません」
「――…この子に何をしたの?」
いつもより低い声音に、思わず肩が震える。
「真実を話しただけですが。実験のためのサンプルであり、もう必要ない、と」
「そう。なら、連れて帰るわ」
抱き寄せる眞洋の腕に力が込められる。僕はすがるように眞洋の服をつかんだ。声にならない声を漏らしながら、眞洋に抱きつく。
「大丈夫よ」
あぁ、眞洋が、いる。
◇ ◇ ◆
会いたかった。会いたくて、あの指輪がないと、胸がざわざわと落ち着かなくて。抱きついたまま離れない僕の背中を眞洋が優しく撫でる。
「……あぁ、もう、なかなか呼んでくれないから心配したのよ?」
眞洋の店の二階、ベッドに座り眞洋に跨ったまま、僕は言葉をこぼした。
「眞洋が、僕を大切だって、言ってくれたから」
指輪と一緒にくれた言葉を頭の中で反芻していた。
〝私は貴方が大切よ。何よりも、だから、帰ってきたら一緒に暮らしましょう〟
眞洋が、眞洋だけが僕を必要としてくれる。
僕はどうやら、あの屋敷で三日間気を失っていたらしい。
「くすな、貴方傷だらけよ。消毒しましょう?大丈夫、私ならちゃんといるでしょう?泣かなくていいのよ」
僕の頬を撫で、眞洋が親指で目尻を拭う。あぁ、そうか、視界がぼやぼやしていたのは、涙のせいか。
いつも通りの紫色の瞳を見つめ、ホッと息を吐いた。
「……僕、眞洋のそばにいても…いいのか」
「えぇ」
「そばに、いても迷惑にならない?」
「当たり前でしょ?くすながいなくちゃ、私も何だか調子が狂うのよ」
「……うん」
よかったと、小さくつぶやき、目を閉じた。
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