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眞洋の心音が、心地よくて抱きついたまま目を閉じた。そうか、よくよく考えてみれば、僕は何かを「すき」になる、その感情を知っている。眞洋は綺麗だし、でも、綺麗だからと言って全部を好きなわけじゃない。 眞洋だから、僕はこんなに安心するし、そばに居ないと落ち着かない。 「…くすな?」 抱きついたまま離れない僕の耳に、眞洋の困ったような声が聞こえた。眞洋の声は安心する。 「ねぇ、くすな。出掛けない?」 少しだけ、遠くに。 そう呟いた眞洋を、僅かに体を離して首を傾げながら見上げた。 どこに向かうのかは聞かなかった。聞かないくても良い様な気がしたから。眞洋の車の助手席に座り、シートベルトをしめる。眞洋はじゃあ行きましょうかと少しばかり楽しそうに車を発進させた。 「……車はすごいな」 「どうしたの?急に」 「窓から外を眺めてると勝手に景色が流れて行くから、ページをめくる必要がない」 窓から流れて行く景色は、建物だったり、空の雲だったり、遠くに見える山だったり。今までなら図鑑や与えられた僅かな本でしか知らなかった。 「――…僕は本当に知らない事ばかりだ」 ポツリとつぶやいた言葉に、眞洋は大丈夫よと笑う。僕は窓から眞洋へと視線を移してじっと見つめた。 「時間なら充分あるわ」 「…時間」 すぎて行く時間は戻らない。18年間は時間にすれば膨大だ。僕は今からどれだけの時間、いろんなことを知り、体験できるだろうか。 僕はいつまで、眞洋のそばにいられる? 取り留めのないことを窓から流れる景色に視線を戻しながら飲み込んだ。胸のあたりがドロドロと重い。 「――…、着いた」 眞洋は砂利に車を停め、サイドブレーキを引くと、シートベルトを外して僕に向き直る。僕はゆっくりと眞洋に視線を返した。眞洋の手が頬を滑り、耳の裏側をつつ、と撫でる。ぞわりと背中に走った浮ついた感覚に眉を寄せた。それにくすりと笑い、眞洋の手は僕の首筋を優しく撫でて、指先が鎖骨をなぞる。 「…っ、」 「くすな、貴方に、〝刻ませて〟欲しいの」 「?」 右側の鎖骨をなぞり、指先がピタリと止まり、トン、と僕の胸に人差し指をあてた。そこは丁度心臓の位置で、僕は自分の胸に当てられた指先からなぞる様に眞洋を見つめた。 「きざ、む」 「えぇ。でも、貴方からの返事を聞く前に説明をしなくちゃいけないわね」 困った様に笑い、眞洋は手を引っ込めると、少し歩けるかしらと聞いてくる。僕は頷きシートベルトを外すと車を降りた。 「…私が育ったのは、山の奥。でも、水平線も見える、少し高めの位置にあったの」 眞洋はゆっくりと歩きながら、僕の手を引いた。 「今はもう、瓦礫だけど」 砂利同士が擦れてたてる音が消え、僕も眞洋も足を止めた。 目の前に、あるのは。 「……崩れてる」 「この上に、私の育った家があったわ。今はもう、地滑りで無くなってしまったの」 「地滑り…」 「えぇ、思い出も、全部、ね」 悲しそうにそう呟く眞洋と僕の眼前には、地滑りで潰された木や家の残骸があった。どれだけの年月が流れているのか、わずかに草が崩れた地面の隙間から芽を出している。 「…私を拾ったのは、一人のお婆さんだったわ。私は…そうね、拾われたとき、黒い烏だったらしいの。小さな小さな鳥の雛」 手のひらサイズだったらしいわよ。と思い出す様に笑い、眞洋は言葉を紡ぐ。 「お婆さんはお爺さんと二人で暮らしながら私を育ててくれたわ。でもね」 「……?」 「お爺さんは、殺されたわ」 私のせいよ。と言葉が続いて僕は眞洋の顔を見上げる。悲しそうな、でも憤りも感じる様な、そんな横顔で。 「お婆さんは、それでも私を匿って育ててくれたの。………昔の私は黒髪に金眼で黒い羽根を生やした人間、だったから。それは…そうよね。普通の人間から見れば化け物だわ」 あぁ、そうか。だからあの時怖がらないでと言ったのか、とはたと思い出した。僕が眞洋を怖がるわけがない。だってこんなにも綺麗で、優しくて、 「僕は、今の眞洋だって、化け物だって眞洋を怖いなんて思わない。凄く綺麗だし、好きだ」 眞洋の左手をぎゅっと握り、僕は訴えかける様に言葉を吐いた。悲しい顔はして欲しくない。眞洋は笑顔が一番綺麗だ。だからどうか笑っていて欲しいと。 「……ありがとう、くすな」 「うん」 「お婆さんも、私を怖がる事は無かったわ。いつも、いつだって……私は、何も無くしたくないの」 眞洋は小さく呟き、僕の手を握り返した。見上げた瞳に僅かに水膜が見えた。あぁ、駄目だ。泣いて欲しくない。僕は空いた手で眞洋の頬に手を伸ばした。 「………泣くな、眞洋。笑って」 「えぇ、……えぇ。そうね」 僕が伸ばした手を、眞洋の手がすくう。思ったよりもひんやりとしたそれに、僕は少し息を詰めた。 「少し、上がって構わない?」 「うん」

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