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はらはらと眞洋の瞳から雫がこぼれる。僕は眞洋の頬に添えた両手でその涙を拭った。
「…眞洋」
眞洋は酷くなんてない。
「眞洋」
もう一度、名前を呼んだ。
「僕に、眞洋を頂戴」
真っ直ぐにぶつかる視線に、眞洋はまだ迷いを抱えた瞳を揺らしながら、それでも噛みつくように僕の唇を塞いだ。
ほら、やっぱり。眞洋にされて嫌な事なんて、ない。
「…っ、…好きよ、くすな」
「うん。眞洋、僕も。だから、笑って」
額をこつりと合わせ、困ったように眞洋が笑う。
「……えぇ、ありがとう、くすな」
「私、…不安だったのよ。ここに来たら、勇気が出るかもしれないとおもったの」
崖を降り、車に戻ると眞洋がそう呟いた。目元はまだ少しだけ赤みを帯びている。ハニーブラウンの髪と、紫の瞳に戻った眞洋は、珍しく髪を一つにまとめた。
「……眞洋?」
「私、これでも結構必死なのよ?くすなが離れていかないか、ずっと考えてる」
「離れない」
キッパリと言い切り、運転席に座る眞洋の方に身を乗り出した。助手席のシートに片膝を立てて、そのまま抱きつくと、ごん、と眞洋の頭が窓ガラスに当たる音がした。
「――…いたい」
「悪い。でも、眞洋が悪い」
がばりと体を起こし、至近距離で紫の目を見つめる。パチリと瞬きながら、眞洋はきょとんと首を傾げた。
「眞洋のそばにいれないなら、僕にはもう意味がない。邪魔だと言われた僕を助けたのは、眞洋だ。僕の生きる目的は眞洋しかない。さっき、好きだって言っただろう。眞洋にされて、嫌な事なんて何もない。僕は欲張りだから、眞洋が欲しいし、共に居ていいなら、いられるなら、人間である事に意味はない。僕は、僕自身の意思で眞洋のそばに居たいとおもってる。何が、不安なんだ」
僕の不安を振り切ったのは眞洋だろう。そう言葉を重ねると、眞洋の顔が徐々に赤くなり、僕の体を両手で押しのけた。
「…………私、今すごいこと言われたわよね…?」
「すごいこと?」
「いや、貴方が…あぁ、いえ、いいわ。えぇ、…そう、そうね。くすなは真っ直ぐだもの」
額に手をかざしながら、眞洋はしばらくまた無言で、ふと息を吐き帰りましょうかとシートベルトを締める。僕は少しばかり不思議に思いながら、眞洋に習ってシートベルトを締めた。
程なくして動き出した車に、僕はまた窓の外を眺めた。少しだけ陽が傾いた街並みは、少しばかり印象が変わる。昼間でもそこまで人は多くないが、夜が近づくともっと閑散とする。くたびれたサラリーマンや、酒屋の従業員。派手な服を着た女性。それらを抜けて、マンションへと戻ってきた。
地下の駐車場に車を止めて、眞洋がシートベルトを外しながらふと息を吐いた。
「ねぇ、くすな」
「…?なに」
「私のものに、なる?」
その言葉は、酷く、甘くきこえた。
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