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「おや、おかえり。智草」
近衛の迎えが来るまでそばで支えていた智草は、近衛が去った後もしばらくそのまま椅子から動くことができなかった。暫くたち、ねぐらである山中の洞窟に戻れば、入り口には当たり前のように牡丹が立っている。ため息まじりに足を止めると、どこからともなく明かりが灯った。
「……あなたの話を聞く暇はありませんが」
「酷い言われようだね」
「説教なら今度にして下さい」
「説教はしないさ。私は智草に話をしにきただけだよ」
牡丹は肩をすくめながら答え、夜は冷えるねと笑う。智草は呆れながら、中へどうぞとつぶやいた。
「…話とは、なんでしょうか」
智草がねぐらとして暮らしている洞窟は、充分な広さが確保されている。人里へ降りて暮らしてみたこともあるが、どうにも気味悪がられてしまう事が多かった。
「そんなに警戒しないでほしいね。なに、一つ、提案をね」
火を起こさずともなんとなく暖かなその空間に、僅かに緊張が走る。智草は牡丹を警戒しながら話を促した。
「……人間の輪廻転生を止めてはいけないよ」
「………」
「それでは人が人ではなくなる。分かっているだろう?」
「やはり、説教ですね」
「いいや、これは忠告だよ」
牡丹はふと息を吐き、腕を組みながら智草を見る。ごつごつとした岩肌に背を預けながら立ち、思考を巡らせる。
「智草」
「……私は、先生を待ち続けなくてはいけないのです。共に生きると約束しました。それを果たしたい。それだけです」
無造作に結んでいた髪をほどき、胡座をかいていた膝を立ててその膝に手をのせる。
「君のその約束はもう絶えているはずだよ。君の先生は死んだのだから」
「………生きています」
「それは、呪いだよ。智草」
わかっている。そんな事は。
智草は唇を噛み、はっと息を吐いた。分かっていて続けている。愚かでも、浅はかでも、ただ待つと、決めた。
智草は眼帯に手を当てながら、分かっていますと小さくつぶやいた。
「……近衛と名乗ったあの人は、先生と瓜二つでした。ずっと、…待っていたのです」
おそらく自分は、この時をずっと待っていたのだと智草は牡丹に訴える。
呪いなのだ。人だったこの身が鬼に堕ちるほどに、絶望し、恨み、全てを投げ捨てた。智草にとって、その魂の転生こそがただ一つの生きる理由なのだ。
「智草、君はとても優しいけれど、そのうちに潜む自分自身の狂気に気がついていないわけじゃあないだろう?君が道を踏み外した時、私は君を殺さなければいけない」
「えぇ、死ねるのであれば」
殺して欲しいと、智草は牡丹に頼み込んだ事がある。首の動脈を斬ろうが、胴が真っ二つになろうが、死なずに元に戻る。痛みはあるが、少し待てば痛みすらなくなる身体。
先生を待ち続けるうち、智草は人間の脆さを知った。儚く散ってゆく短い生を懸命に生きる人間を愚かだとも、愛しいとも思う。それは、智草の〝さが〟だ。そんな自分を恨み、智草の身は呪われた。
「…明日、またあの街に行くのかい?」
「えぇ、はい。行きます」
「……分かったよ。智草、辛くなったら、必ず戻っておいで」
「――――…はい」
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