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次の日の朝も、雪が降る冷え込んだ日だった。人里まで降り、すぐ近くのバス停の椅子に腰掛けて本を読む。幸いにも2時間に一本しかバスがこないため、智草を怪しむ者はいない。
しっかりと首を隠すために着ている白いスタンドカラーシャツの上に黒い着流し。擦り切れたマフラーと言う、薄着なのは仕方がないだろう。智草は暑さも寒さもあまり感じない。
「あれ、智草、さん?」
その声に、読んでいた本を閉じ、声をかけてきた方へと目を向ける。
「……四ノ宮さん」
「近衛で大丈夫です。…あの、昨日はありがとうございました。隣、いいですか?」
どうぞと智草が答えれば、昨日より幾分顔色がいい近衛が隣に腰掛ける。
「…智草さんは、これからお仕事か何かですか?」
「いえ、散歩です」
「―――そう、なんですか」
「……近衛さんは…体調、いかがですか?」
ぽつりと智草がたずねれば、近衛は少しばかり肩をすくめて困ったように眉根を下げた。
毛糸のマフラーを触りながら、ふっと口を開く。
「大丈夫、です。…その…実は智草さんとここでお話ししてから体が少しだけ軽くなりました」
不思議ですね。と呟く近衛に、智草はハッとしたように目を丸くした。そうか、それだと思考を巡らせる。
共に生きるのなら、時間を共有すればいい。
「智草さん?」
「―――…っ、いえ、明日もここにいらっしゃいますか?」
智草にとっては、賭けに近い望みだった。人里に降りたことはあれ、常に同じ場所に住み続け、望む魂は同じ場所に転生し続けた。想い馳せる「先生」の魂は、短い命を散らし転生し続け、いつしか数えることをやめた。
違う顔、違う声、違う、違う、どの人間もまるで違う、けれど、いつか、いつかと待ち続けた。
――――智草。
「……明日も、います、よ」
「なら、また明日、ここで、私と会っていただけませんか?」
智草の言葉に、近衛はぱちくりと瞬きを数回繰り返したあと、はい、と短く返事をした。
「よかった、です」
「?」
「智草さんが、そう言って下さって。実は僕も、またお話がしたいと思っていましたから」
はにかんだように笑う近衛に、智草は堪らなくなりその体を引き寄せた。膝に乗せていた本が滑り落ち、雪に濡れた地面におちる。バシャンと音がして、けれど離したくなくて。近衛は突然体を引き寄せられ、如何すればいいのかと行き場のない手でやわやわと智草の二の腕に手を添えた。
驚くほどヒンヤリとした体に、思わず震える。
「…智草さん…?」
「っ、あ」
智草は近衛の声に我にかえると、無理矢理に引き寄せたままの格好で固まってしまった。自分は今、一体何をしているのか。それを理解するまでの数秒間に、近衛がまた智草を呼ぶ。
「智草さん、あの、本、が…」
落ちましたよ。と、柔らかい声音が紡ぎ、弱い力で腕を押し離した。静かに落ちた本を拾い、すぐ脇に置くと、すみません、と呟く。
「…急に、すみません」
「え、あ、いや、大丈夫です」
大丈夫ですよ、と乱れた毛糸のマフラーを巻き直しながら、近衛が笑う。智草は少しばかり近衛から距離をとり、首を傾げた。
「……不思議ですね、以前にもどこかでお会いしたような、気がします」
「――――…っ!」
「僕は小さい頃から病院にいたからそんなはずない――――」
のに、と消えそうな声音で続け、近衛は目を丸くするしかなかった。智草が泣いている。呆然とした表情で、近衛を、自分を見ながら泣いているではないか。
「えっ」
はらはらと流れる涙に、近衛は自分の着ているコートのポケットからハンカチを取り出すと、智草に差し出した。
「使って、ください」
「…すみ、ません。本当に…」
「いえ、気にしないでください」
近衛からハンカチを受け取ると、戸惑いがちに智草は涙を拭った。
同じだ。と、嬉しいと同時に、哀しみと困惑が浮かぶ。どうすれば、共に生きられるのか。
時間を共有しても、いつかは先に逝く命だ。今の彼が逝けば、次はない、かも。そう考えてしまうと、どす黒い感情に支配される。
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