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このままどこかに浚えてしまえたなら、けれど、嫌われたくはない。それとも、自分が命を投げ出してしまえれば、智草は幾度となく命を絶つ方法を探し、試したが、必ず"元通り"になる。
それは、絶望や憎しみより、智草に恐怖を与えた。
「……本当に、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です」
智草は、目の前にいる近衛からすこし、目を逸らした。
人通りが少ない道だ。車の一台も、人も通らない。開拓が進んだといえど、都会までは遠く、昼間でも閑散としている。
「……近衛さんは、この街が好きですか?」
「え、…どうでしょうか…あまり外には出ないので…」
「そう、ですか」
体の奥底から湧き上がる願望に、抗う術は、あるのかと、智草は深呼吸をした。
「あ、…バス…来ましたね。すみません、智草さん」
僕もう行きますね、また明日。と申し訳なさそうに告げる近衛を見送り、智草はふぅと息を吐く。先程から、脳裏をよぎる考えを落ち着かせながら立ち上がり、バスが走り去った方向を見つめた。
雪が降りはじめ、智草は名残惜しそうその場を離れた。
この街には小さい図書館がある。小さいけれど、内容は充実していて、智草のお気に入りの場所でもあった。長い時間を過ごさなければいけないなか、智草は数えきれないほどの本を読んだ。片目しか使えないのが痛いところだが、公共の場で眼帯を外すわけにもいかない。
そして、この図書館には智草の知り合いがよく来ていた。
「…あ、うっす。智草さん」
「優呉」
「珍しいっすね。俺に用事?」
黒髪の、青年。短く切り揃えた黒髪に、黒い瞳。すこしばかりタレ目の綺麗な顔をした青年だ。ダッフルコートにマフラーを巻いて、室内だというのに逆に暑そうだと智草は首を傾げた。
「…暑くないのですか?」
「え?あぁ、むしろ寒いっすよ、ほら俺って冷え性なんで」
「そうですか」
よいしょ、と両腕にハードカバーを10冊ほど抱えた優呉は近くの机の上にそれを置いた。
「で?智草さんの用件は?」
にこりと笑う優呉に、智草はふと息を吐いた。
「……貴方の兄に、会いたいのですが」
「兄貴ィ?……まぁ、いいっすけど」
「すみません」
「兄貴なら今の時間桜庭邸にいますよ」
「…ありがとうございます」
智草はお礼を述べると、優呉に背を向ける。優呉は次第に離れていく背中をじっと見つめながら長いため息をついた。
優呉の兄、とは厳密に言えば兄と言うより親に近い。優呉と血の繋がりはない、義理の兄。桜庭邸は図書館から少し離れた場所にある。閑散とした道路を歩きながら、雲に覆われた空を見上げた。
西の空は、どんよりと暗い。おそらく今晩は雪が降るだろう。
「……」
鉄柵が囲む、無駄に広い敷地に建つその家はこの辺りを牛耳る地主の様なものだ。取り囲んだ鉄柵の向こうには森の様に木が生えていて、そのさらに向こうに邸宅がある。
智草には馴染みのない、洋館。
鬱蒼と繁る木々をすり抜けて、智草はため息にその洋館の扉を開けた。
「…こんにちは、湊」
「やぁ、神足くん。優呉から連絡は受けたよ」
にこりと微笑む、その男に智草はまたため息を吐いた。
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