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小さな頃から絵本を読むのが好きだった。僕はずっと病院暮らしで、ここ最近やっと通院に変わったところだ。 病名は不明。ただ、不治の病だと、医者は言った。余命幾ばくも無いだろう、と。それなら僕は、好きな事をしたいと申し出た。旅行にも行きたいし、海にも行きたい。図書館で絵本も読みたいし、普通に暮らしたい、と。 「ねぇ先生!ここの計算は?」 「あぁ、それは―――」 普通の暮らしに戻ってから約半年。19歳になった僕は、図書館にくる小さな子供に勉強を教えて居た。 「ここを、足したら……、ほら、ね?」 「! わぁ、すごい解けた!ありがとう先生!」 宿題であろうプリントを手に小走りで去って行く子供に手を振って、読んでいた本に視線を戻す。しとしとと音もなく降り積もる雪の様に、言葉には、物語には力があるなと、漠然と思っていた。何度読んでも飽きない。ほぼ毎日の朝一に図書館に来て、昼過ぎに帰る。それだけでも小さなこの図書館にあるインクの匂いや、古い木の匂いが好きだった。 「……あれ、四ノ宮さん。今日は病院なんじゃ無いんすか?」 「こんにちは、優呉くん」 どさりと隣の席に10冊程のハードカバーを置き、にこりと笑う青年。桜庭優呉、と言う。 「担当の先生が今日は休みだから、明日になったんだ」 「あぁ、そうなんすか。それで今日はこの時間までいるんすね」 「はは、うん。そうなんだけど…そろそろ帰るよ。またね、優呉くん」 パタリと本を閉じ、席を立つ。本棚に本を返してから、ふと息を吐いて手にしていた毛糸のマフラーを首に巻いた。少しばかりぐらつく視界を無視して、図書館を出る。 「……さむ…」 雪が、降っていた。 春まではまだ先だと言うのに、小鳥が唄う声が聞こえる。鳥は自由でいいな、しがらみが何もなくて。僕も早く、自由になりたい。 医者がほとほと呆れる程、僕は「死ぬ」と言う事が怖くはなかった。 ――――本当に 図書館から暫く歩き、バス停が見えるとほっと息を吐いた。今日はなんだか頭が重い。早く休みたい。迎えを頼んだ時間まではあと少しあるだろうと、ゆっくりとバス停を目指した。 「……あれ」 珍しい、人がいる。 「あの」 小さく声をかけると、その人がゆっくりと見上げてくる。茶色ががった灰色の長い髪は無造作に結われていて、右眼には眼帯を。 「……なにか」 少し低めの、ぶっきらぼうな声が答えた。 「すみません、少し、気分が悪くて…休ませていただいても?」 頭が重くて、視界がぐらつく。よほど顔色が悪かったのか、その人は少し驚いた様子で僕に「……どうぞ」と言ってくれた。 「ありがとうございます」と答えて、隣に腰掛ける。座ると、思った以上に体調が悪かったのだと思い知った。視界が揺れて、気を失いそうだ。あぁ、でもせめて、迎えが来るまでは起きていないと、病院に戻されてしまうかもしれない。 深呼吸を三回して、一度だけ目を閉じる。と、隣から、あの、と声が聞こえた。

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