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「また、話がしたいって、思っただけで」 ぽつりと、吐くように小さな声音で答えた。 「自分でも、よく、分からない、です」 その言葉を、男はただ聞いてくれた。 「……牡丹」 「へ、?」 「私の名だよ。牡丹と言う」 ぽんぽんと頭を撫でながら、男が困ったような、悲しそうな、そんな表情で笑う。僕は小さく息を吐いてから、小さく名前を呼んだ。 「僕は、あなたに…会ったのは、初めて……」 そう、角が生えた人なんて、生まれてこのかた見たことなんてない筈なのに。名前を聞いてから、妙な既視感と、頭痛がやわやわとおとずれてきて、なんだか胸がもやもやする。 「――――私は、本来ならお前に会ってはいけないのだろうね」 「本来…?」 「そう。私は人ではない。今は……すこしだけ、〝混ざっている〟状態だけれど、本質は人では無い。そうだね、〝鬼〟だ」 ―――鬼。 そうだ、この人は、鬼。赤い、髪の―――。 「…智草、さんも、鬼になったんですか…?」 「――――そう思うのか?」 「あの子は………」 綺麗な、青い眼と、紫色の、 「紫の…眼が……」 頭が、痛い。 あの子の右目は、紫色の瞳だった筈だ。どうして僕はそう思うのだろう。違う、おそらく僕は、知っている。そうだ、知ってるんだ。彼を、僕は―――   ◆ 昔、病院にいた頃、何でか分からないけれど、夜が来るのが怖くて眠れない時期があった。朝が来なかったら、誰も会いにきてくれなかったら、寂しくて寂しくて、死んでしまうかもしれないと。 だけど、そう言う時、いつの間にか寝てしまって、朝目が覚めたら母さんが居てくれた。 おはようと、言ってくれる。 僕は一体いつから、生への執着が無くなったのだろう。 「……あ、れ…?」 「――――おはよう」 朧げな意識の中、目を開けると長い髪が見えた。白い髪。 「僕、なんで…」 「意識を失ったから、どうしようかと思ったけれど」 すぐ傍に牡丹さんが片膝を立てて座っていた。見上げる天井は、どう見たって岩肌だ。 「ここ、は」 肩肘を軸に起き上がると、少しだけめまいがした。僕が着ていたトレンチコートは隅の方に畳んで置いてあるようだ。 「ここは智草のねぐらだよ」 「…智草、さんは?」 「いるよ。いるけれど…まぁ、少ししたら戻るさ。さて、じゃあ私は帰るかな」 お前が起きたのを確認したし。そう付け足し、立ち上がった牡丹さんは降ろしていたフードを被りなおし、ねぐらの入り口へ向かう。 「あの…!」 「なんだい?人の子」 「……助けて、いただいてありがとうございました…!」 「――――どういたしまして」 僅かに振り返り、にこりと笑うと牡丹さんはきびすを返し、去っていった。 暫く入り口の方を見つめて、僕はあたりを見回す。この智草さんのねぐらは、洞窟みたいだと僕もふらふらする視界で立ち上がり、隅に置かれたコートの近くにあったワークブーツを履く。トントンとつま先を地面に打ちながら靴紐を調整して、コートに袖を通した。不思議と寒くないこの空間だけど、入り口の向こうは雪が降っている。 智草さんがもう戻って来るなら、外で待ってみようと、そう思って、入り口に向かう。 「あ、」 「っ、…!」 丁度目の前に智草さんがいて、僕は足を止めた。バス停で目にした軽装だ。雪の降る中、寒くはないのだろうか。 「おかえり、なさい」 「――――…ぁ、の、体調、は」 すぐに僕から視線を逸らし、智草さんが途切れ途切れに言葉を紡いだ。 「大丈夫、です。少しふらふらするだけなので。それより、すみません、勝手に寝てしまっていたみたいで」 「いえ、……無事で、なによりです」 視線を逸らしたままで、智草さんが心配そうに呟く。 「少し、話しませんか?智草さん」 「え、………あの」 「…嫌じゃ、無ければ、ですけど」 さっきから智草さんの視線は泳ぎっぱなしだ。僕は何かしただろうか。やっぱり、ここで眠ってしまったから?それとも、また明日は社交辞令だったのだろうか。 楽しみにしていたのは、じぶんだけ? 「嫌じゃないです…。私も、出来れば話がしたいと思っています」 「……よかった…。楽しみに、していたので」 また、話せることを。

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