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何を話そうか。散歩の事?それとも、智草さん自身の事?僕の話?頭の中で逡巡しながら、さっきまで僕が寝ていた敷物に座った。膝を抱えて座り、智草さんは僕の前に正座をして。
「……牡丹から、聞きました」
「?」
「妖狩りに襲われた、と」
死に近い。
そう言った牡丹さんの言葉を思い出した。死の匂いにつられて現れる、と。
「…智草さんは、……牡丹さんと、同じですか?」
首を傾げながら吐き出した言葉に智草さんは目を丸くした。しまった、聞くタイミングが早すぎかと、口を開こうとしたら、智草さんが私は、と言葉をつぶやいた。
「……私は、元々、人間でした。今は、違います」
正座をしている智草さんは、わずかに俯いて、膝の上で拳を握った。
「…近衛さん」
「…?」
「私は、あなたを昔から知っています。あなたの、魂を」
俯いていた顔を上げ、まっすぐに僕を見るその視線に嘘は感じない。
「たま、しい」
「私は……ある人と昔約束を交わしました。また会えたら、共に生きたいと」
僅かに目を伏せ、智草さんはふと息を吐いた。握っていた拳を開き、ぎゅっと左右の手を合わせて、指を組む。僕はただ、次の言葉を待った。
長い長い沈黙の後、智草さんが再度口を開いた。
「私は、あなたのずっと昔の前世を、追いかけていました。けれど今、生きているあなたを……私は蔑ろにしたくありません」
分からないのです。そう震える声でつぶやき、智草さんはまた口を閉じた。
僕は自分の前世を知らないし、記憶もない。ただ、妙な既視感はあった。妙に聞き覚えがあった名前。あっているのか分からない、右眼の色。それはきっと、彼が求めた魂の記憶なのだろう、と。
「―――智草さんは、僕が知らない僕を知っているんですね」
「……ちがいます。今のあなたは、ここにしかいない。あなたは近衛さんです」
「僕は、智草という名前を知っていました。いや、…しっていたと言うか、聞いたことがある気がしていました。僕は、確かに僕でしかないです。だから、あなたが求めるそのひとじゃありません。でも、聞きたいです。僕は、どんな人でしたか?」
知りたいと思った。僕はその人にはなれないけれど、妙な既視感の謎は解けたし、智草さんがさっきから僕と目を合わせない理由も、なんとなく。だから暴いてみたいと思った。智草さんをもっと知りたいと。
「……私は、先生と呼んでいました。私塾で子供に勉学を教えて、とても人当たりの良い、優しい人でした」
目を伏せたまま紡がれる言葉を、さっきと同じようにただ、聞いた。
「体が弱く、けれど、芯はとても強い。私は先生に恋をしていました。…想いが通じてすぐ、先生は倒れ、かえらぬ人となりました。………私塾に来ていた子供の親に、毒を盛られて」
「…毒」
「えぇ、…私は、他人も、先生を救うことが出来なかった自分すら酷く恨み、絶望しました」
ですが、と、言葉を切り静かに智草さんは伏せた瞼をあげ、僕を見据える。でも、すぐにまた伏せた。
「智草さんは、優しいですね」
「……いいえ、そのような事はありません…こうして、今、近衛さんに懺悔するために、話しているのですから」
震える声音が、智草さんの不安を物語っているような気がした。本当に酷い人なら、懺悔なんてしないし、まず悪いなんて思わない。智草さんは本当に、優しいのだと。
「―――僕は、…智草さんの事が知りたかった。不思議ですよね、まだ二回しか会っていなかったのに、話がしたくて、今日、こうやって話せてとても嬉しいんです。それに、確かめたい事も、あって」
僕の言葉に、智草さんが僅かに顔を上げた。
「確かめたい事…?」
「その右目は、紫色じゃありませんか?」
僕の言葉に、弾かれたように顔を上げた智草さんは僅かに怯えた表情で、組んでいた指をさらに握りしめた。
「僕は、……智草さんの求める人じゃないけど、なんとなく、そんな気がしたんです」
違いましたか?と聞くと、いいえと首を横に振りながら、俯いてしまう。
「…智草さん」
「――――は、い」
「僕、近いうちに死んでしまうと、思うんです」
「……!」
「僕が死んだら、智草さんはどうするんですか?」
「……それ、は」
僕は酷い事を聞いているのだろうか。
再び顔を上げた智草さんは、少し泣きそうに表情を歪めて、は、と息を吐いた。
「あなたは、死が怖くはないのですか?」
「………怖くないです。ただ」
ただ、智草さんの事を、もっと知りたいと思ってしまっただけで。
「…会えなくなるのは、嫌だなと思います」
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