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小さく、つぶやいた。
智草さんと、こうして話せなくなるのはのは嫌だなと素直に思ったから。もし、後少ししか僕に時間がなくても、その間会えたら嬉しい。死んでしまうのは明日かも。明後日かも。もっと先かもしれないけれど、智草さんよりは先に死んでしまうから。
だから
「…僕が死んでしまっても、忘れないでくれると嬉しいです」
「……あなたは、それで、いいのですか?」
絞り出したように震えた声音が届いて、僕は首を傾げた。それでいい、なんて。僕には選ぶ事は出来ない。僅かに与えられた自由だ。やりたい事をやっているつもりだし、智草さんとも話している。
でも、いいのかと、問われるなら答えは否だろう。だって僕は今、迷っているのかもしれない。
会えなくなるのが嫌だと言いながら、死んだら忘れないでと口にした。死は怖くないと言いながら、死んだ後の智草さんを気にしている。
今、目の前の泣きそうな彼を、抱きしめたいと思っている。
「私は、あなたに死んで欲しくありません」
「僕は、智草さんの求めてる人じゃないですよ?」
「っわかっています…!」
「……智草さんは、僕にどうして欲しいんですか?」
「――――生きて欲しい、です。……一日でも、長く共にいたいです」
ぽろ、と智草さんの左目から雫が落ちる。膝の上で組んでいた指に落ちて、伝う。それが嫌にゆっくりにみえて、僕は小さく息を吐いた。
「…僕でいいの?」
「私は、もうずっと、影だけを追いかけているとわかっていました。……約束を果たしたい気持ちが現実から目を背ける結果になって、結果、あなたに先生を重ねてしまった。ですが、あなたは、近衛さんです。先生じゃない。あの人は、もう、居ないと、……わかっ」
ボロボロと溢れ始めた涙に、僕は堪らなくて智草さんの左頬に手を伸ばした。
やっぱり、ひんやりとしている。
「っ、今、生きているあなたを失いたくありません…っ!」
頬に伸ばした手を掴まれて、あっという間に引き寄せられる。苦しいくらいに抱きしめられて、行き場のない左手で智草さんの背中をポンポンと叩いた。
震える体が、息が嗚咽に変わるのを感じて、少しだけ嬉しいと思ってしまった。僕が死ぬことで、悲しんでくれる人がいる。僕は今、生きているのだと実感できたような気がして、嬉しかった。
「……智草さん、僕、図書館で子供たちに先生って呼ばれてるんです」
掴まれた手が離されて、僕はその手も背中にまわした。
「先生って、呼ばれるのも嫌いじゃないし、子供に勉強を教えるのも好きです。僕を四ノ宮近衛だと、そう思ってくださるなら先生って呼んでもいいんですよ」
「それは…っ」
「だから、智草さんの秘密も下さい。僕に隠さないで」
ポンポンと背中を叩きながら、そう言うと、僕の耳元で智草さんが息をのんだのがわかった。緩んだ腕から、少し離れて智草さんを見ると、思ったより近い位置にいて、綺麗な瞳だなと見つめてしまう。
「………私は、自分を恨み、周りを殺して怨みを買い、絶望しながらこの身を呪いました。死ぬ事が、出来ないのです。いつまでも、……恐らくはこの身が朽ちても、生き続けなくてはいけない」
ぽつりと智草さんが言葉を紡ぐ。淡々と、まるで他人事のように吐き出される言葉に、僕はじっと耳をかたむけた。
「…あなたが、先生ではなくても、…もう、関係ありません。……近衛さんは、あなた一人しかいないと…わかっています」
「……それは、苦しくないですか?」
不器用なんだなと、思った。智草さんはおそらく、その人がまだ好きで、だけど僕を傷つけないために必死で。
なんて、不器用で愚かなんだろうかと。それで傷つくのは僕ではなく、智草さん自身の筈なのに。
優しくて、かわいそうだ。
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