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「…私に苦しむ資格は、ありません」 「どうして?智草さんは、優しすぎます」 僕の言葉に、智草さんはいいえと首を横に振りながらうつむいて、ふと息を吐いた。 「本当に、私は優しくなどありません。先生が最期に私に何を言ったのか、私はもう思い出せないのです。……追いかけているうちに、追いかける事が目的になっていた事にも、最近まで気がついていなかった。私は自分勝手に、…ただ、待ち続けただけです」 かなしそうな声音。ポタリとまた落ちた涙に、今度は僕が智草さんを抱きしめた。膝を立てて、胸に頭を抱えるように抱きしめて、智草さんの髪を撫でる。 「…ひとりじゃないから、泣かなくていいんです。…智草さん、僕が、今目の前にいるでしょう?もう、さみしくないです」 僕の鼓動が、伝わるだろうか。 心臓が動いて、生きていると智草さんに聞こえるだろうか。 この人は一体、どれだけの時間をひとりで過ごしたのだろう。たぶん、だけれど、僕が生まれるまでは、こうやって話す事すら出来なかったんじゃないだろうか。 いつだって、見送る側で。 いつだって、たったひとり。 それはきっと、孤独というより。 「出来ました。智草さん」 「……?」 智草さんの頭をぎゅっと抱きながら、僕は笑いながら言葉を紡ぐ。 今、出来た。 「僕が、生きたい理由」 パッと頭を抱いていた腕を離し、智草さんの前に座り直しながら、ははっと笑う。 「……僕は、智草さんをひとりでかなしませたくありません」 「それ、は」 「だから、泣かないで」 両手で顔を包むように頬に手を伸ばした。左手の人差し指で、智草さんの眼帯を少しだけずらす。僕を見つめたまま動かない智草さんをよそに、そのまま眼帯を外した。 「…近衛、さん」 「やっぱり、綺麗な紫色です」 「―――――私に触っては、あなたが穢れます」 「今更ですね、それ」 最初に抱きしめたのは、智草さんですよ。そう笑えば、智草さんは少しだけ視線をさ迷わせた。 「この模様が、呪いですか?」 顔の右側、頬のあたりには黒い模様が浮かんでいる。そのまま、首の方まで続いていた。 「……そう、ですね。恐らくは」 「痛くは、ない?」 「…えぇ。痛みはありません」 首が見えないように着る服も、右手の手袋も、眼帯も、長い前髪も、きっとこれを隠すための物で。だけど、眼帯を外した智草さんはとても綺麗だ。 「痛みは、無いのです。嫌味な程に、私には、何も」 何も無い。小さく呟く声はやっぱり震えていた。 「……バス停でも言いましたけど、僕、智草さんと話がしたかったんです」 純粋な、興味だった。 何が好きなんだろう。嫌いなものは何だろうか。好物はあるのだろうか。散歩はいつもどこに行くのか、話してみたかった。 「だから、かなしい顔をしないで下さい。智草さんには、何もなくなんかない。心があるじゃないですか。泣けるのも、かなしくなるのも、感情があるから出来る事ですよ。だから、智草さんは僕と同じ。今生きているひとりの人間です」 「この、え、さん」 「はい」 「好きです」 「……は」 智草さんが、顔を上げる。 右眼の紫が、青色に徐々に変わり僕は息を飲んだ。目の中心から、円を描くように紫色から左眼と同じように青色に。 「智草、さん?」 「はい」

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