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「もらい、うける、って?」
どういう事だろう。僕が小さく呟くと、伏せていた瞼が持ち上がり、視線がかちあう。もう、右目は紫色に戻っていた。
「あなたが亡くなる時、私も一緒に逝きます。そのための、魂の、契約です」
「智草さんは、死にたいの…?」
「……いいえ。あなたと共にいきたいのです」
「だって、僕、は……そんな、僕はいつ死んでもおかしくないんです」
「はい」
「明日かもしれない、来年かもしれない。一緒になんて、そんな」
無責任に、はいなんて言えない。
智草さんをひとりにしたく無いのは、本当だけれど、僕が死ぬ時に一緒に、なんて。
「お願いします。近衛さん。……貴方のそばに、最期まで居させてくださいませんか?」
「……………すこし、考える時間が、欲しいです」
◆◆◆
サクリ、地面が小気味好く沈み、僕は足元に目を向けた。洞窟の外は明るく、わずかに降る雪と、僕が歩く足跡だけ。さく、さく、と歩をすすめ、立ち止まり、智草さんのいる洞窟の方を振り返った。
「………僕は、どうしたい?」
自問自答しながら、胸の高さまで持ってきた両手のひらを見つめた。
「――――悩ましいね、人の子」
ポンと頭を叩かれ、振り返ると牡丹さんが立って居た。フードを被らずに、すぐに腕を組んで呆れたように笑う。白とも銀とも言えない髪が、風に僅かに揺れる。
「牡丹さん…」
「…………そうやって、悩むことは良い事だよ。人は考え、悩む。無意味だと知りながら、別の道を探す。私は滑稽で愚かな人は嫌いではないよ。それに……お前のように、あの子と話すのは、私には難しい」
「お見通し、ですか…?」
「はは、お前は存外、分かりやすい」
やっぱり呆れたように笑って、牡丹さんがフードを被る。
「あまりひとりにならない方がいい。言っただろう、死に近いと」
「…僕が死んだら、智草さんも、死ぬのは、いい事なんですか?僕はもう、この先長くありません。この身体がいつまで持つか、わからないんです。…牡丹さんは、それが良い事だと、思いますか?」
牡丹さんを見上げながらそう問いかければ、溜息を吐きながら口を開いた。
「智草にとって良い事かと問われれば、良い事だよ。あの子は、やっと過去以外を見る事ができた。……過去を追いかけていたあの子にとって、今のお前が唯一の救いなんだろう」
牡丹さんは悲しそうに笑い、長く長く息を吐いた。
「あの子は、絶望と憎しみ以外に、お前に救いと愛を見たんだろう。死にたいという救いと、そばにいたいと言う、愛を」
「………………………………………智草さんに、泣いて欲しくないんです。さみしいって、思って欲しくない。だけど、智草さんの為に生きても良いかなって、思ったんです」
あぁ、嫌だ。声が震える。
こんな事で、自覚なんてしたくなかった。
「でも、一緒に、…死んで、くれるなら」
嬉しいと、思ってしまった。
死ぬなんて、生きたいなんて、選べないし、選択肢なんて本当はもう選ぶ余地なんてない。それでも、智草さんに会ってしまったから。
会わなかった事になんて、もうできない。
「人の子。…ひとつ、良い事を教えてあげよう。耳を貸してごらん」
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