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兎丸慧はごめんなさいが言えない③
何かをしてもらったら「ありがとう」を。何かをしてしまったら「ごめんなさい」を。今の俺が言うべきことは後者で、なんなら両方なんだと思う。
変に突っかかって「ごめん」と謝って、ちゃんと考えていてくれて「ありがとう」って。そうすればリカちゃんも俺も嫌な想いしなくて、きっといい感じになる……ん、だろうけど。
「……あっそ。お前がそう思うなら、そうすれば」
なんでそうなる俺の口。お前の持ち主は誰だ、誰に似たんだ、俺だ、俺だよ。俺の中で小さな兎丸慧が激しくツッコミを入れてくるが、長年「素直じゃない慧君」で生きてきた俺に、小人の兎丸慧が叶うわけがない。兎丸慧が何度も出てきて気持ち悪さすら感じ始めた。
けれど、それでもリカちゃんは俺自身ですら跳ね除けた小さな慧君の声を聞き取ったのか「どういたしまして」と笑う。ここまでくると出来た彼氏すぎて、リカちゃんは早死にしちゃうんじゃないのかと不安になるぐらいだ。この完璧超人が欲しくなった神様が、リカちゃんのことをさっさと殺してしまって手元に置くんじゃないかって、そういう変な想像をしてしまう。
それを嫌だなって思う権利は――俺にはある。
「さ、話が済んだなら予定通り今日は慧君の観たかった映画でも観よう。塩系のスナックと甘いお菓子、どっちにする?」
「とーぜん両方。リカちゃん知らないの、塩っぽいのと甘いのを交互に食べると、無限にイケるって」
「いや無限は無理でしょ。そんなことしたら、この後慧君は何も食べれなくなる」
「安心しろポテチは野菜だ」
「それを堂々と言えるって慧君やっば」
軽く掛け声を零したリカちゃんが立ち上がり、お菓子とジュースを用意するのを見送ってから俺もテレビに寄ってDVDをセットする。俺の独断と偏見で借りてきたこれは、リカちゃんにとって興味も関心も無いんだろうけど、嫌がらず自分から進んで視ようとするのがリカちゃんらしくて俺は好――。
「ねぇ……あたしの存在また忘れてない?」
「うわ、桃ちゃんまだいたの?!」
「まだって、ウサギちゃんの中ではすっかり無かったことになってるのね。はぁ……予想はしていたけど、リカを誘うのはやっぱり無謀だったかぁ」
嫌な想いさせちゃってごめんなさいね。そう言った桃ちゃんが立ち上がり、キッチンにいるリカちゃんと少し会話を交わしてから部屋を出て行く。俺の元に戻ってきたリカちゃんは何も言わなくて、桃ちゃんの頼みを断ってしまったことに対して気にしなくていいよって言われてるみたいだ。
俺の所為にしないリカちゃんも、自分が悪かったと謝る桃ちゃんも、俺のできない大人の対応をしていて。でも、俺にはできないって開き直ってばっかりじゃダメだから俺は意を決して口を開いて。
「リカちゃん……俺……………リカちゃんに秘密にしてたけど、実はこの映画、昨日歩と拓海と3人で先に観ちゃった」
小さな小さな隠し事を告げた。
*おまけ*
「ところで慧君。人の言葉を最後まで聞かないで苛々した挙句、勝手に検討違いな邪推して人のことを悪く言ったことに対して何か俺に言うことない?」
「リカちゃんよくぞ聞いてくれた。トイレ行くから一時停止して待ってて。1秒でも進んでたらお前を殺す」
兎丸慧は、ごめんなさいが言えない。
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