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初めて触れた夜②
自分だけは不公平だと言い出した慧が、震える指で俺の服を脱がそうとする。それを見下ろす俺は、冷静を装いながらも、激しく興奮していた。
心臓が今にも爆発しそうなほど速く打ち、噛みしめた奥歯がぎりりと鳴る。
「なぁ、お前これが何を意味するかわかってる?」
ようやくシャツのボタンを外し終えた慧に訊ねると、意志の強い瞳がこちらを見据えた。本当のことは何も知らないで、ずるい大人に騙されているとは思ってもいないのだろう。
真っすぐに向けられる慧の視線から目を背けそうになり、眇めることでごまかす。そうしないと、逃げ出してしまいそうだった。
俺が逃げ出す前に、肯定してくれないと……わかってしていると言ってくれなければ、慧から求めてくれなければ何もできない。理由がないと行動できないなんて、情けない自分に反吐が出る。
けれど、そんな俺の心情を知ってか知らずか、慧の視線に迷いはない。一度もぶれることのないまま、普段と変わらない目で告げてくる。
「リカちゃんの全部がほしい」
なんて馬鹿な子だろうか。
もう全て捧げているのに。出会ったあの瞬間から、慧にだけは全てを許しているのに。
『誰?』
『獅子原 理佳。絶対忘れんな』
初めてまともに会話をしたあの日、冷めた目を向けてきた慧が、今は情欲に浮かされ俺を欲している。名前すら憶えていなかった慧が、今は匂いや声で俺の存在に気づいてくれる。
その変化だけで達しそうなほど感情は高まり、身体は昂揚する。ぞくぞくと背筋を走る刺激に頭を振って耐え、次へと進む手を伸ばした。
「あぁっ……やっ、あ、あっ」
慧の後孔に指を挿し入れると、固く閉ざされた中が微かに柔んだ気がした。 初めて誰かを受け入れることに怯えながらも、心の奥底で期待している秘密の場所。
その中に、抑えきれない興奮をぶつけるように指を突き刺す。
中指だけでも感じる圧迫感に、辛そうに眉を顰める慧を見ると、どうしようもないほどの征服欲が湧いた。
初めてだから優しくしたい。 痛みなんて感じさせず、快感だけを与えたい。
それと同時に、忘れられないほどの痛みと苦しみを与えて、身体に刻み込んでやりたい。
この先の長い将来、どんなやつと身体を合わせても、絶対に忘れられないように。男も女も、誰もこの記憶を消し去らないように。
そんな汚れ切った願いが、伝わったのだろうか。
「ふ、つぁっ……あ、ああっ」
既に3本の指を飲み込んでいた後孔が引き攣り、蠕動を始める。 手前にある前立腺を掠める度に慧の腰が揺れ、口からは甘い声が絶え間なく漏れた。
「あっ、ああ、やだっ……やっ、や」
「はぁ……才能ありまくり。指が噛み切られそうなんだけど」
今の慧には羞恥ですら快感らしく、赤く染めた顔を隠そうともせず素直に善がり続ける。
触れていない性器からは新たな先走りが零れ、二度目とは思えないぐらいに反り立っていた。腹に付きそうなそれを、もう片方の手で握ると悲鳴にも似た嬌声が寝室に響く。
「――ひっ、や、あああぁぁっ」
射精後特有の喪失感と、後ろで果てたことによる何とも言えない感情。
こじ開けられた蕾がまだ疼くのか、慧が恍惚とした表情で俺の名前を呼ぶ。その声の甘さといったら、酩酊してしまいそうなほど濃かった。
「リカちゃ……ん」
続きがほしいのか、違うのか。
助けてほしいのか、突き放してほしいのか。
最後ぐらい手を差し伸べてやればいいものを、臆病者の自分が邪魔をする。本当にこれでいいのか、と頭の中で囁きながら、身体の熱量を増す。
あともう一押しがほしくて紡いだ言葉は、雰囲気をぶち壊す台詞だった。
「あのさ。悪いんだけど、ゴム持ってきてないんだよ」
いくら慧に経験がなくとも、知識として必要なことは知っているだろう。今まで触れていた箇所を思うと、躊躇するはずだろう。
薄い膜ですら邪魔だと思う自分と、それを身に纏ってさえも触れてはいけないと律する自分。今さらだと言われようが、この期に及んでと言われようが構わない。
触れたいけれど、怖い。この感情は俺しか知らないものだ。
頭の中で言われた言葉の意味を噛み砕き、考え、答えを導き出す。
欲の篭った瞳と声で告げられた一言が連れて行ってくれるのは、天国か地獄かどちらだろう。
――『リカちゃん、挿れて』
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