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初めて触れた夜③

「あっ、あ……あ、ううっ……んんっ」  身体を繋げてからは、卑猥な水音と吐息が織り成す空気に、夢中で腰を振った。  全てを搾りとろうと動く内壁に、快感をやり過ごした回数は数え知れない。1秒でも長く繋がっていたくて、1秒でも長く感じていてほしくて、1秒でも長く夢を見たがった結果だ。 「はっ……慧、大丈夫?」  何度も何度も口付けて、大丈夫かと訊ねながらも、無意識に逃げる慧を追う。慧が腰を浮かせば俺が押しつけ、俺が身体を退けば慧が縋りつく。  次第に合っていくタイミングに、本能的に相性が良いのだと思った。それだけが、せめてもの救いだった。 「慧、慧」  熱に浮かされるようにその名前を呼べば、慧は綺麗な笑顔を咲かせる。  とても愛おしくて、何の汚れも知らない存在。身体で、唇で、心で俺を感じて、与えられるものを素直に受け入れる。  俺だけが見る、慧のその痴態に年甲斐もなく酔いしれた。強すぎる快感に、現実と夢の境目が朧になりそうだった。  それならば、いっそのこと夢にしてしまえと思ったのかもしれない。気を失うほど激しくして、何もなかったことにすれば……と、脆弱な考えが頭を過る。  そして、身体が呼応する。 「あぁっ、や、だめっ……も、やだ……やだやだっ」  頭ではわかっていた。これ以上長引かせると、慧の身体は辛いだろうことを。  それでも止まれない頭と、止まる気のない身体が暴走する。慧の身体が何度目かの絶頂に近づくと、追い打ちをかけるかのように、律動にも激しさが増した。  何度も吐き出した性器からは、粘り気を失った透明な体液が流れ伝う。 「つ……、リカちゃ、また、また……イ、ク」  首元に縋りつく慧の腕から抜け出し、上半身を起こして痴態を眺める。赤く火照った頬に、締まりのない口元。潤んだ目は映ろで、乱れた髪がシーツの上で舞う。  打ち震える慧の腿を持ち上げると、そこに唇を寄せて痕を残した。 「俺、も。慧の中、気持ちよすぎ」  言葉を紡いだ刹那、激しく奥の奥まで穿つ。急速な抽送に後孔が慄き、その中が射精を促すように俺の性器を搾り上げる。  強すぎる快感に負かされたのは、何も慧だけではない。俺も、同じだった。 「ああっ……あっ――イク、いっ……ああっ」 「……く……は」  痙攣と共に慧が達し、それを追って俺も欲を吐き出す。零れた白濁が内壁を伝い、後孔に膜を張るかのように染み渡った。  中は俺でぎっちりと埋め、余った僅かな隙間ですら情欲で満たす。空気ですら触れさせまいとする自身の行動に、伏せた顔に嘲笑を浮かべるしかない。 「はぁ……慧君?」  なんとか気持ちと息を整え、慧に声をかける。  普段通りを演じながらも、その内心は戸惑いと緊張、不安でいっぱいだった。  覚えたての子供のようにがっつき、がむしゃらに抱いた俺を慧は呆れるだろうか。気持ちよさそうに喘いではいたけれど、心は追いついていただろうか。  最後は本能を優先し、手加減ができなかった気がする。必死に慧を求めてしまった、と過ぎた後悔ばかりが募り、名前を呼んだのだが――。  眠気と疲労感を感じさせる目で、慧が俺を見た。次の瞬間、花が咲いたようにその顔が綻ぶ。 「リカちゃん……お……れ」  何かを言いかけて、それは言葉にならず消えた。唇と同じく閉じたその瞼に、俺は触れるだけのキスを落とす。  聞きたかったような、聞かなくてよかったような……複雑な気持ち。  聞いてしまえば何かが変わり、聞かなければ何も変わらずに過ごせるかもしれない。明日もこの関係は続くかもしれない。  そう思うと、聞かなくて良かった……かも、しれない。    全てが『かもしれない』で続く、歪な関係。  向けられる視線にかけられる声、触れてくる指に、身を任せる仕草。それを見て聞いて、感じて気づかないわけがない、もうとっくに気づいている。  慧は、俺が好きなのだろう。そして、俺も慧が好きなのだろう。  憧れかもしれないし、一時の気の迷いかもしれない。  また『かもしれない』と付けてしまうのは、自分には想われる資格がないと知っているからだ。  けれど、何もかもが不明確なこの関係で、1つだけ明確にできることがある。 『俺は、永遠に兎丸慧のもの』  例えそれがどんな関係であっても、関係すらなくなっても。全てを奪った俺が差しだせるのは、自分自身しかない。  それすら幸せに感じるなんて……きっと、もう元には戻れないところまで堕ちてしまったのだろう。堕ちた先には未来などないというのに。 何も見えない暗闇は、永遠に晴れることはないというのに。      *初めて触れた夜*END

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