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間違いだらけの一目惚れ④

 あの、よくわからない出会いから1週間が経ち、俺の傍には桃以外の人間がいる。  学年主席で優等生、生徒からも教師からも一目おかれているくせに、実は誰よりもドSで大魔王な兎丸星一。  見た目はクールで文武両道、何でもできる完璧超人のくせに、なぜか校内で迷子になる程の方向音痴な獅子原理佳。  そして、そして……やはり。 「聞いて聞いて、ちょっと聞いてー!!!先輩があたしのこと、すっごく可愛いって言ってくれたの!」  教室の扉を破らんとする勢いで入ってきたのは、迷惑極まりないオカマ。相変わらずの鼻息の荒さに、机が吹き飛ばされそうだ。 「ねえねえ、これって脈ありよね?!桃は可愛いね、で頭ポンって……ラブかしら?!」  完全に無視を貫く俺と違い、人畜無害を演じる星一は桃に付き合ってやる。見せかけだけの笑みを浮かべ、柔らかい声で「良かったね」と頷いてやる。  しかし、それは近くに人がいる場合のみだ。移動教室で誰もいなくなれば、星一の笑顔は消え、悪魔のような嫌な笑い方に変わる。そしてその対象は、なぜか桃ではなくリカへと飛ぶ。 「1週間前はリカで、3日前は養護教諭の先生、それで今度は別の先輩。桃って節操ないよな、リカちゃん」 「俺に振るな。桃が誰を好きになろうと俺は関係ないし、興味も関心もない」 「やだやだ。フラれた男の強がりって、本当に醜いよ、リカちゃん」 「誰がフラれたって?桃なんか、無人島で2人きりになっても抱くか」    間接的なのか直接的なのか。星一とリカにバカにされた桃が、泣き真似で机に突っ伏した。しかしながら俺は、桃を慰めてやるつもりも、謂れもない。  あんなに騒いでいたのが何だったのかと思うぐらいに、桃のリカに対する熱意はすぐに消えた。数日おきに『王子様』を変え、今好きな相手は入学してから10人目だ。  ミーハーも、ここまでくれば才能だろう。どうして好きな相手を、そう簡単に変えられるのか。俺には甚だ理解し難いが、リカも星一も受け入れているようだから、特に何も言わない。  桃を放置し話すリカと星一、全てを見て見ぬフリをする俺。誰からも相手にされない桃が、そんなことは慣れたかのように、窓際まで歩いて行く。  そこから空を見上げ、妄想タイムに突入した。 「先輩さえわかってくれていれば、あたし他に何もいらない。2人だけの世界で、2人で手をとり合って、2人きりで生きていくの……」  そんな現実逃避をし、夢を見続けるオカマに鉄槌を下すのは大魔王、星一である。 「でもさ。確かその先輩、昨日中庭でリカに告ってたよね。放課後の中庭に呼び出すとか、ベタすぎて笑ったんだけど。今時呼び出しなんて誰もしないって」 「昨日?あー……ああ、あの手作りマフィン持ってきた人?誰も頼んでないのに、俺の為に作ったとか言った人か」  知らなかった事実を聞かされ、桃の大きな目が見開く。そこそこの近さで目撃したそれは、予想以上に衝撃的だった。  不気味であり、同時に同情も抱かせるものだった。 「リカ!まさか受け取ったの?ねえ、あたしの先輩と付き合ってるの?!」  掴みかかるような、縋りつくような桃の手をリカが躱す。目標を失った桃が星一に崩れ落ちると、桃の肩を抱いた星一が隠れて楽しそうに笑う。  おそらく、桃がこうなることを確信して、このタイミングで言ったのだろう。わざと今思い出したかのように、演技したのだろう。  なぜならば、兎丸星一は生粋のドSだからだ。 「リカ、答えなさい!あたしの先輩から手作りのお菓子もらって、あたしの先輩と付き合ってるの?!」 「お前はバカか。他人の手作りなんて、気持ち悪くて断るに決まってるだろうが……それで泣かれたとしても、俺の責任じゃない」 「先輩を泣かせたの?!あたしの先輩を振るなんて、何様のつもりよ?!」 「どっちなんだよ。断ってほしかったのか、それとも付き合ってほしかったのか……お前マジわかんないんだけど」  こうして、桃の恋が終わる。  けれど誰も心配しない。なぜならば、明日にはまた新しい『王子様』が現れるからだ。

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