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間違いだらけの一目惚れ⑤
そしてその帰り道。
案の定、先輩とやらを諦めた桃はコンビニでお菓子とジュースを大量に買い込み、俺の隣を歩く。目的地は俺の部屋で、桃のやけ食いに付き合わされるのだ。
「鬼、鬼よアイツは。どこが王子様よ!あんなの悪魔よ!魔王様よ!!!」
酒なんて1滴も入っていないのに、桃の愚痴は止まらない。リカに見立てたクッションを殴っては、ペットボトルのジュースを仰ぐ。
「お前、リカの意地の悪いところが好きだって言ってなかったか?」
「豊にはわからないわよ!恋する乙女は、鞭だけじゃ満足できないの!飴と鞭の割合は2:8がベスト!」
「それ結構な割合で鞭だけど……要するに、桃はリカの見た目が好みだったんだな」
「リカなんて顔と身体だけじゃない!そんなの、50年後にはどうでも良くなってるわよ」
「50年って長いと思うんだが……」
俺の言うことなど全く聞かず、クッションを絞め落とそうとする、恋多き幼馴染の今後が少し不安だ。けれど、これも桃の性格の一部なのだから、俺にはどうすることもできない。
と言うよりも、慣れてしまった。桃が気まぐれに誰かを好きになり、その相手に夢中になり、恋に破れて愚痴を言いに来る。
誰にも言えない弱音を、気にすることなく言える。それが俺たちの間柄なのかもしれない。
* * *
リカと星一とは、気づけば4人でいることが増えた。桃をからかうリカと星一を軽く諫め、しばしば放置し、最後は諦めて知らないフリをする。きっと、こうして大人になるんだと思っていた。
そう信じて疑わなかった。
星一の事故の後、どこか壊れてしまったリカを俺と桃は支えようとしたけれど叶わなくて。
無理して強がる友人の姿に、自分の力不足を痛感した。俺は桃の逃げ場所にはなれても、リカの逃げ場所にはなれない。
リカの逃げ場所は、一生現れないのかもしれない……と、諦めかけていたある日。
8年の時が過ぎ、長かった呪縛から解き放たれたリカは、幸せそうに笑う。高校の頃と同じような、あの頃よりも優しい顔をする。
傷つく痛みを知って、傷つける痛みも知って、沢山のことを諦めて、そしてやっと手に入れた『逃げ場所』。
「……美馬さん。お願いします、またリカちゃんと桃ちゃんが喧嘩してて……」
困った顔をするウサギ君の頭を軽く撫で、俺は2人に近づく。相変わらず何も考えていないような桃と、考えすぎて頭がおかしくなったリカ。その2人の間に入り、声を荒げるのが俺の役目だ。
「ふふっ、この淫行教師!悔しかったら捕まえてごらんなさい……っつ、痛い!!」
スキップで逃げようとしていたオカマの顔を鷲掴み、引きずるように手繰り寄せる。空いたもう片方の手でウサギ君から荷物を受け取れば、向かう先は玄関だ。
「ほら。とっとと帰るぞ、歩く細菌」
「細菌?!人間ですらなく細菌なの?!それよりも豊、掴まれてる顎が……っ、顎がもげるっ!」
「黙れ。オカマの叫び声なんて、近所に聞かれたらリカとウサギ君が困るだろうが」
「オカマじゃなくてオネ……な、なんでもないから!だから、睨まないで!!」
そうして桃を強制的に連れ出し、やはり2人で家路へ着く。今はもう、昔と違って近くに住んではいない。
桃には桃の生活があって、俺には俺の生活がある。お互いに知らないことも増え、言わないことだってある。
けれど、桃が絶対に口にしない秘密を、俺は知っている。
俺が知らないふりをしていることを、桃は知っている。
高校時代。誰に惚れたとしても、最後に桃が見るのはリカだった。
きっとリカとの友情と、どうしようもない恋愛感情に苦しんだ時もあっただろう。それを俺ではなく星一に言ったのか、誰にも言わなかったのかはわからない。
時々寂しそうな顔で笑う桃に、リカが気づいていたかもわからない。
けれど、何度目かの失恋の後、桃がぽつりと呟いた言葉がある。今にして思えば、それはリカに対しての言葉ではなかったのか……そう、思ってしまうものが。
『豊。恋はね、いつか愛になるのよ。好きになった相手を嫌いになることもある。けれど、嫌いにはなれなくて、けれど好きでもいられない時は、愛に変えちゃえばいいのよ』
嫌いに離れない相手を好きになり。好きではいられない状況に陥り、そして辿りつくのは、愛だと桃は言った。あの時は、何を夢見た発言しているんだ、と思ったけれど。
今、その気持ちが少しだけわかる。
どんなに駄目な一面を見ても、どんなに呆れたとしても。決して見捨てる事はできないし、気にしてしまう。
嫌いかと聞かれると否定できるが、好きかと聞かれるとよくわからない。俺にとって桃は、そんな相手だ。この気持ちを愛だなんて気持ち悪くて認めたくはないけれど……
少し。ほんの少しだけ、それも混ざっているのではないかと考えてしまう。
なぜならば、俺は桃を嫌いにはなれない。何が起きても、どんなに激しい喧嘩をしても。
桃の『逃げ場所』を、誰かに奪われるのは絶対に嫌だと、そう思えるからだ。
*間違いだらけの一目惚れ*END
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